名探偵のいない密室

出会う前からの長いお別れ

このブログについて

今さらながらこのブログについて説明しておこうと思います。

・わたし

望月(mimikomgmg) 下の名前はみみですがなんかぶりっ子ぽいので苗字にしました。学生でオタク歴10年目です。2015年から若手俳優舞台に通い始めました。

・すきなもの

アニメ、漫画、ゲーム、小説、舞台、映画とかその他諸々。お洋服と化粧品も好きです。最近はソシャゲをしていることが大半です。犬派です。

推し

身バレしたくないのでここには書きませんがエントリー読んだらすぐわかる。ちょうど二年目です。同厨の友達はいませんが拒否してるわけではありません。ガッツオタではないし茶の間と言っていいほどゆるく応援するスタンス。舞台はできるだけ行ってるけど推しくん<推し作品になることもしばしばなのでぬるいオタクが無理な人は本当に読まない方がいい。他にもぼちぼち好きな俳優さんがいるのでそっちの現場にも出没します。

・このブログの内容について

基本的に観劇したものの感想です。ネタバレに考慮はしないのであしからず。たまに他の趣味について書くかも。

 

よろしくお願いします。(身内は見つけたら読んでもいいけど私には言わないで)

火のようにさびしい刀がいて

こんにちは。今月の頭にいった福岡一人旅が楽しかったので、紀行文を書こうと思ったら、ほんのちょっと入れようと思った長谷部くんがどんどん割り込んできてよく分からないものになりました。これ…ほんとになんなんだろ…。でも頑張って書いたのであげます。副題は長谷部くんと行く福岡市博物館の旅。私の“長谷部観”がもりもりに詰め込まれているのと、本編の回想のネタバレがあるので、あらゆる地雷持ちの方にはオススメしません。無駄に長くてポエティックです。ご了承ください。我が本丸の長谷部くんのカンストのお祝いと、極への期待、そしてジョ伝へのときめきをこめて。

 

 

  降り立ったホームには人が疎らで、今がひどく中途半端な時間であったことを私に思い起させた。関西から二時間。長いようでひどく短い旅だった。いつもの癖で鞄にぎゅうぎゅうに詰めた単行本を開く事も無く、私はずっと新幹線の窓の外を見ていた。小さくて角のまるい窓からは景色が等間隔で飛び去って行く。目に写るのはありふれた景色ばかりだったけれど、私は飽きもせず外に目を向けていた。考えていたのは彼と出会った時のことだった。
それは7月が始まったころのことで、私はそのときのことをよく覚えている。なにせ、彼と対面することをずっと待っていたのだ。気配を感じて、ふと息をとめ、振りむくとすぐそこに彼がいて、華美ながらも上品で、それでいてどこか禁欲的な装束を纏いどこか誇らしげな様子で、静かにこちらを見ていた。わたしは咄嗟のことで、何も言えず、ただ魅入られたように彼を見ていた。そんなわたしを見かねてか、彼は穏やかな口調で名乗った。その声は生まれたばかりの薄氷をのせた涼やかな風が耳をくすぐるような、そんな、繊細でうつくしい声をしていた。私は無力な病人のようにおろおろと立ちすくみ、彼を目の前にして押し黙ってしまった。彼には力のないものをそんな風に畏怖させる、不思議な魔力があった。淡く柔らかそうな髪も、ぴんと伸びたしなやかな背筋も、軽く開かれた薄い唇も、彼を構成するすべてが彼の存在を肯定するかのように堂々とそこにあった。雄々しい、とでもいうのだろうか。彼は自分の存在に一度たりとも疑問を感じたことがないのだろう、そう思わせる風格があった。彼は押し黙ったままの私の方を向き、二三度瞬くと、あとは興味を失ったかのようにすっと目を落とすと、それきり何も言わなかった。私は、失望されてしまったかしらん、と弱気な考えを頭に浮かべて、もう一度勇気をもって彼の瞳を見た。髪と同じ淡い色をしたまつげに縁どられた瞳は、春に咲く鮮やかな藤の花の色をしていた。その瞳は使命に燃えた炎を灯しているのに、何処か空々しさを感じさせた。彼は目の前にいるというのに、私は、遠い国で起きたことのように、他人事に、なぜか、さみしい刀だ、と思った。
 博多駅北口を下りると、人が随分込み合っていて、不意のことに面食らう。滅多にこない場所であるから、意外な人の多さに驚く。流石、九州の中心地、といったところだ。自分が住む町では滅多に遭遇しない人ごみだ。父に借りたキャリーケースを慣れない手つきで引きながら、iPhoneの示すとおりに歩き出す。目指しているのは博多めん街道というラーメン店が集まった駅ビルの一角だ。北口から右手に折れ、筑紫口という表示に従って進むと、お土産屋が集まる駅ビルの入り口に辿りつく。そのまま突き当りまで進むと、短いエスカレーターがあり、上がりきると目的地だった。腕時計を見ると13:00を過ぎた頃で、お腹も随分減っている。目に入った「博多だるま」という店舗に足を向けると、ラーメンと小餃子のセットの食券を買い、店員に手渡した。待っている間手持ち無沙汰だったので、それにしても変わった名前だ、と言ってみる。聞けば最初の主が失敗した家臣の茶坊主を机ごと圧し切ったことが由来だと言う。それを語る彼は苦々しい顔と声音を隠そうともしない。それに気づいて少し笑うと、よほど因縁が深いのか、不機嫌にも、下の名前で呼ぶようにと進言されてしまった。なんだかそれでは、おもしろくないなあ、とごちていると、紺色の前掛けをした店員が、少し乱暴にラーメンの鉢と餃子の載った小皿を置いたので、慌てて箸を取った。まずは麺をたっぷりのスープと絡めて一口啜る。ガツンと濃い豚骨の風味が訪れるが、かといってしつこくない。なるほど、これはいくらでもいけてしまう。蓮華でスープを掬い、飲み込むと、空腹を訴えていたお腹をじっくりと染み渡って行くのが分かった。間髪入れずに一口餃子をかみしめると、じゅわっと溢れる肉汁とあっさりしたタレが舌の上で絶妙にまじりあい、満足のあまり小さく唸り声をあげてしまう。思っていたよりもお腹が空いて居たようで、15分足らずで流し込むと、最後はきりっと冷えたお冷で締めた。
さて、お次は今回の旅のメインイベントである。駅ビルを出て南に進むとバスの停留所に向かう。室内のため、気楽に待っていられる。西鉄バス302系統の列に並んでいると15分足らずで白と青のカラーリングのバスがやってくる。発券した紙をとって乗り込むと、空いた後方の窓際の席に座った。窓際の席に座るのは、幼い頃からの癖だった。何をするでもなく、ただ外を見ているだけなのだけれど、変わっていく街並みに目を向けているのは、なんとなくワクワクする。慣れない土地ならば、尚更。ふと、彼もこの街並みを見ていたのだろうか、と思ったけれど、すぐに考え直した。彼がここへ訪れたのは今から500年近く前のことである。当然、街並みも随分変わってしまったことだろう。彼がここへ初めてやってきた日のことを想像しようと、少し目を瞑ると、私はいつの間にか、眠ってしまった。

 彼がそばにいて、眠っていると、いつも頭の中で流れる曲がある。それは軽やかさの中にある凛としたうつくしい旋律が耳に心地よく、なんだか戦いの最中にいる彼の、凛々しい後ろ姿を見ているときのようで、私はとても好きなのだ。だけど、そのメロディは、つよいだけではなくて、切ないくらいの彼のよわさを内包していて、ぼんやりしていると、瞬く間に消え去ってしまうほどの短い間なのだけれど、じっと息を潜めて聞き入っていると普段は饒舌ではない、不器用な彼の生き様を、どんな言葉よりも、真っ直ぐに伝えてくれる。彼が生きた数百年の積み重ねが、私を圧倒させて走り去ってしまうような、鮮烈なきらめき。その音楽は私をひどく安心させる。

 目を覚ますと、降りるバス停の一つ前に停車していて、数分うたた寝をしていたのがわかった。頭のなかで流れていた音楽はとうにやんでいて、疎らな人々のささやかな息遣いが、静かな車内の中を漂っていた。私は財布から小銭を取り出し、停車のボタンを押すと、荷物を確認した。「博物館北口」で降りると、どこにでもあるような、市内の一角だった。コンクリートの道をナビの指示通り左折する。このまま直進すると目的地だ。私ははやる胸を押さえて、先ほどの話を続ける。彼は何も言わない。織田信長は戦国時代の三英傑に数えられ、歴史上始めて天下を取った人だ。そのような天下人のもとで愛刀として使われたころの彼は今とどう違っただろう。きっと主に使われることを誇りに思い、今以上の忠誠で織田に仕えていたに違いない。今ほどとげとげしい物言いはしなかっただろうし、もしかしたら信長に心酔していたかもしれない。けれども、わたしには想像がつかない。彼が、信長に仕える姿を。そういえば、以前、馴染みのある刀と彼が話していたのを見た。本能寺−織田の終焉の場所を訪れた時のことだった。織田に仕えたことを誇りに思う刀は、その場所を見て、ひどく辛そうな顔で体を縮め、悲鳴に似た呻きをあげた。彼はいつものように、冷たい微笑を浮かべたまま、静かに、自分たちにはどうすることもできない、と言った。それはあきらめだったろうか、それとも安堵だったろうか。かつて自分をそばに置いた男への、復讐とも、弔いともいえない、冷たい笑みは、私を深い思案の渦に投げた。「人の生は歴史の流れからすると一瞬だ。生まれたらいつかは死ぬんだよ。」彼は決して過去を振り返らない。その鋭利で冷たい刃先で、前だけを見据えている。

ひどく遠回りしてしまったけれど、果たして目的地は、そこにあった。福岡市博物館。広大な敷地の中で、堂々とした威厳をもって、その建物は立っていた。あまりよくない天候を気にしながら、ドームのように丸みを帯びた建物の入り口を抜け、正面の大きな階段を上がると、展示室が見えた。学生料金、150円を手渡すと、受付の女性が二つの展示室を指さし、大きな展示室は常設展示、小さなほうは企画展示をしていて、今は黒田家の婚礼についての資料が展示されていることを教えてくれた。お礼を言って、スーツケースをロッカーに預けると、小さな鞄一つを肩から下げるだけになってしまい、なんだか身軽になっただけではなくて、急に心細くなってしまった。渡されたリーフレットを鞄にしまいながら、展示室の廊下に足を踏み入れると、そこは案外にぎやかで、子供たちの笑い声や、母親の心配する声があたりから聞こえた。そこでやっと緊張が解け、ふうと息をつくと、黒く仕切られた展示室に入った。不自然に照明が落とされたそこは、この博物館の目玉でもある、国宝の金印、「漢委奴国王」が重厚なガラスのケースの中に展示されていた。ケースの底には鏡が貼られていて、印に掘られた文字が読み取れるようになっている。歴史に疎い私でも知っている、その小さな金でできた印は、不思議な厳かさで鎮座していた。じっと見ていると、吸い寄せられてしまいそうな、言葉にできない歴史の蠢きを秘めている。ものの価値というのは、きっと、目に見えないところにあるのだ。だから私たちは、価値のあるものを何度も見たいと思うし、手に入れたいと思う。人間の欲を刺激するなにかが、価値を秘めたものはある。ふと目をそらすと、自分が息をとめていたことに気づき、おかしくなって笑った。集中すると、ほかになにも見えなくなる質なのだ。展示室を抜けると、今度は明るいスペースが広がり、大きなガラスケースが立ち並んでいた。そこでは福岡県をはじめとした九州で出土した縄文や弥生の時代の石器や、武器、農道具が所狭しと並べられていた。そのどれもが、長い時を経て、今ここに集められていることを考えると、なぜか胸がぎゅうと締め付けられた。遠い時を生きた人々の営みというのは、とても愛おしいものだと思う。彼らにも家族がいて、生きる楽しみがあり、そして平等に死があった。死んだ子供のための甕棺墓などを見ると、理由もなく、さみしい気持ちにさせられる。
時代は進む。鴻臚館という変わった建物が海外の人々との交流に使われたことや、博多が琉球や朝鮮と貿易を始めたこと、など、自分の知らない土地の人々の生活を見ていくのは、とてもおもしろい。博多豪商が町を区画しなおしたことなどを知って、自分の知がどれだけ狭いのかを、改めて実感する機会になった。時代で区切られたブースの七つ目は福岡藩の時代と題されていた。この時代やっと、福岡という名称がこの地で使われるようになったという。その名づけ親となったのが、黒田長政公だ。彼は城と城下町を整備し、今の福岡の基盤を作ったといわれている。それによって、経済や産業が発達し、現代の福岡のにぎわいとなっている。不意に、彼のことを想い、横を見上げると、彼はガラス板の向こうの長政公の肖像を、静かに見つめたまま、身じろぎもせず、佇んでいた。彼はかつて長政公に仕えていた。そして、そのまま、この博物館に所蔵されている。彼は今まで決して長政公のことを語りはしなかった。私は、少し気になって、初めて出会ったときのように、少し屈んで、でも気づかれないように、彼の表情を伺った。すると、彼の肖像を見つめる藤の瞳が、一瞬揺らいだかと思えば逸らし、すぐに退屈そうに地面に目を落とした。私は彼の瞳に一瞬浮かんだ、彼に似つかない鈍い感情に気づき、自分でも訳が分からないほどに動揺して、口から出かけた疑問の言葉を飲み込んで、そのまま沈黙してしまった。
それから、近代、現代と時代は進んで行ったのだけれど、私はほとんど集中できないまま、胡乱な視線でそれらを流し見するだけに終えてしまった。常設展を出ると、残すは正面の企画展だけだ。私は、なぜか、重くなった足を引きずって、受付の女性に半券を渡し、廊下を進んだ。企画展は四つの部屋に分かれていた。部屋の外から見える、大きな駕籠が見え、惹かれて入る。中央に置かれた、大きな駕籠は、実際に名のある家の姫が乗って嫁いだというもので、中に描かれた源氏物語の絵がとても繊細だ。この中にいた少女はどのような気持ちで夫となる人のもとへ嫁いだのだろう。実感がまったくないほど、遠い世界の物語めいていた。ほかの二つの部屋では黒田家の婚礼に使われた着物や、嫁いだ奥方が嫁入り道具として持参したものの数々が展示されていた。そのどれもが華やかで、婚礼というものがいかに人々に大切にされた出来事だったのかがうかがい知れる。当時の婚礼というものはきっと、想像もつかないほど豪華だったのだろう。できることなら、その場に居合わせてみたかった、と決してかなうことのないことを想う。
最後の部屋は、意図的に残していた。というのも、この旅は、ほとんどこのために用意したようなものだから。そこには、彼の旧知がいる。入ってすぐに、あっと声を上げてしまいそうになった。そこにあったのは、あまりにもうつくしい槍だったから。私の、貧弱な想像の中の姿とは、比べるのもおこがましいほど、優美で大胆な姿をしていた。私は熱に浮かされたようにその展示に近づく。ガラスケースの向こうにあっても、こちらが息ができないほど、熾烈な激しさを灯して、すっと伸びた穂先の先まで誇りに満ちていた。思わず、瞬くのを忘れるほどだった。なぜこの槍はここまでうつくしいのだろう。そんな馬鹿げた疑問が浮かんでは、その豪快さを前にして、消えていく。漸くして、圧倒された心を、鑑賞にひき戻し、今度はその柄に目を向けた、息を飲むほど精緻な螺鈿の細工が柄を覆い、一種の美術作品にしか見えない。しかし穂先には実戦用いられた際の傷跡が残っていて、戦場で使われたことを裏付けている。これがほんとうに戦場で振るわれたなど、信じられるわけがない。昔の人は、なんと遊び心があったのだろうと深く感嘆する。これでは心が宿っても仕方がない。作られた愛情が、見ているだけで伝わってくるほどなのだから。穂先に掘られた倶梨伽羅文など、今にも動き出しそうだ。人を殺めるための武器が、こうまで美しく作られているのを見ると、いっそ残酷な気さえする。しかし、彼らは己の化身を振るい、勝利のために、敵を殺す。それが定められた営みであるから。そこに迷いなどあってはならない。迷うことはすなわち壊れることを意味する。
その槍-大身槍名物日本号は彼に気が付くと、どこか夢見がちな声で、相変わらず辛気臭いな、と口元に薄い笑みを浮かべて言った。彼は面白くなさそうにガラスの向こうの日本号を見つめたまま、微動だにしない。「お前、すぐ口にするのは右府さまのことばかり、なぜ黒田家の話をしないんだ?」それは、私の疑問でもあった。義理深い彼が、最後をともにした黒田家に、なにも感じていないはずはない。それに、長政公の肖像を見つめる目は、不思議なほど揺らいでいた。彼は一言、話したくはない、と端的にいって、もうそれ以上は語ることなどないといったふうに、目をそらす。彼らしからぬ返答だった。日本号もめんどうになったのか、そりゃいいがね、と投げやりに言う。「お前見るとたまに折りたくなる。黒田家には義理があるんでな」日本号の言う、くろだ、の三文字には深い愛情や、懐かしさが入り混じっていて、私は彼の心を知った気になった。彼は黒田家を愛していたし、今も愛しているのだ。その声に彼はつい、と白い頬を上げ、何かを言いかけたのち、すぐに飲み込んで、声を失ったように、押し黙った。次に口を開いたのはしばらくしてからだった。長政さまは、と言った。長政さま。私がこの名前を聞いたのは、初めてだった。聞いたことのない、穏やかでいて、疲れたような声だった。私は驚く。青年のように見える、彼の背筋の伸びたからだが、一瞬のうちに激しい木枯らしにさらされたように、ひどく老いたように見えたから。「長政さまは良い方だった。付喪神にあの世があるならばついて行きたかった。だができない。我々は人間より長くこの世に残る。だから忘れることにした」私は、自分の心が軋む音を聞いた。そんなこと、と口をついてでそうになった言葉ごと、口を手で覆って、私は展示室の壁に手をついて、自分の体を支えることしかできなかった。日本号はそうか、とだけ言って、それきり何も言わなかった。彼も、本当に良い方だったのだ、とだけ言って、紫の色の瞳をふいとそらした。彼が何を見ていたのかはわからなかった。

彼はいつもせわしなく働くことを望んでいた。よい働き、統率、規律。それこそが彼の心に安寧をもたらした。だけど、いつしか私は、彼が何を望んでいるのかが、分からなくなってしまった。彼の理想とするものは、私には、あまりにもまばゆい、はかないものに思えて、とんでもなく空しくなってしまった。彼がそれを信仰できるのは、長く生きる刀であるからに他ならない。人間であれば、理想と現実にどこかで折り合いをつけて、妥協して生きていくしかない。私は彼が刀として生まれたことを祝福した。彼は刀の身で、どこまでも果てしない理想を追っていくことができるのだと。けれども、この旅で彼の言葉を聞いて、私は確かに絶望した。彼の心はまるきり、人間だった。無防備で、どうしようもない、ぐずぐずの柔らかな生身の人間の心だった。気の遠くなるほど永い時を生きながら、あまりに崇高な理想を追いかけて生きるために、彼は、死んでいく主たちを、どこかで仕方がないと諦めながら、一人づつ、忘却の海に葬ることを選んだ。そしてまた、鋭い切っ先を敵に向けるのだ。それが、刀の体に、人間の心を宿した彼ができる、ただ一つの自分を守る術だった。自分の心を、悲しみから守ろうとするのは、いかにも人間じみた営みだった。わたしは、彼が経験した、全ての出会いのことを想い、そして同じ数だけの別れを想い、ひそかな絶望に身を沈め、薄情にも涙を落とした。自分のために泣いたのだ。

銀のスーツケースを見ているように言うと、お任せください、と声が返ってくる。お土産の店が密集したコーナーをうろうろしながら物色していると、SNSでよく見る黄色い箱を見つけ、即決する。家族と、友人と、仕事先と...と配る相手をカウントしながら、次々に買っていく。スーツケースに入るだろうか、下手すれば手荷物になるなあ、と考えていると、ふと遠くにいる彼の、髪のかかった、小さな横顔が見えて、何故だかハッとした。その目はまるきり、母親の手を離してしまった迷子のように、小さく揺らいでいたから。私は会計を急かせ、両手に土産を抱え込むと、自分でも驚くほど騒々しく、彼のもとに駆け寄った。顔をあげた彼の瞳にはもう、あの揺らぎは無くなって、ただただ驚いたような顔をしていたので、私は力が抜けてしまい、安堵と共に微笑んだ。
「待たせたね、」言うと長谷部は奇妙に顔を歪ませて、それから白い額に手を当てて、声にならない声で頷いた。スーツケースを引いて、外を目指すと、彼がのろのろと着いてくるのがわかった。―待てというならいつまでも。迎えに来てくれるのであれば。彼の歌うような声が、いつまでも耳に残って離れなかった。


福岡に住む知人に教えてもらった名店のせいろ蒸しのしっとりした食感に舌鼓を打ち、明日も早いと店を出ると、まだ夜というには少し早いのに、外はすでに日が落ちきっていた。近づき始めた秋の風が、親しげに体を舐める。少し身震いしてから、足早に歩き出した。街灯もない住宅街だというのに、妙に夜道が明るく、ふと空を見上げれば、見事な満月が私を見下ろしていた。意識的に月を見上げたのは、いつぶりだろう。月はまろい曲線を描いて今にも、ぽってりと落ちて来そうなほど、豊かだ。彼にも見てほしい、と振り向くと、私の数歩後ろをついてきていた彼が、薄明かりの元で、冷えた月光を浴びて、生気のない亡霊のように白い顔をして、こちらを見ていた。そういえばわたしは、彼が、月夜の下に立っているのを見るのが好きだった。怜悧なその頰に、ささやかで、柔らかな月光が当たって 、優しい丸みを帯びるのを見ると、たまらなく切なくなり、さめざめと泣いてしまいたくなる。孤高に佇む彼は、月の住人のように、暗闇が似合った。彼の薄紫の瞳は、昏く伏せられて、何故だか、はじめて出会った時のことを思い出して、どきりとした。あれから、私は、彼のために変われただろうか、彼の柔らかい心を尊重することが、できているのだろうか。少しでもその孤独を分かってやれただろうか。 多分それには答えがない。彼と私は、同じ心を持っているけれど、生き物として最早全く違う理の上で生きている。彼は長い時の果てに、いつか、かつての主たちを回顧するのだろうか。そしてその時、少しの間でも、私のような身勝手な隣人がいたことを、思い出すのだろうか。
次は一月に、君に会いに行くよ、と言う。きっと、そのうつくしさに対面して、また身勝手に涙を落とすのだろうけれど、それはもう、ほとんど私にとって、生きる、ということのうちの一つなのだから、どうか気にしないでほしい。彼はーへし切長谷部は、何も言わないけれど、薄桃の花びらを纏って、静かに微笑んだ。
なんとかわいい男だろうと思う。かわいくて、寂しい、刀。どこまでも、孤高で、甘えを知らない、しなやかな魂。できれば、彼が信念に殉ずることができますように。そして彼にふさわしい主が、彼を大切にして、忘れがたい出会いになりますように。と言っても、わたしはしかし、長谷部を愛しているから、どうか、彼が傷つくくらいならば、うまく忘れられるといい、とも願ってしまう。信仰を持たない私の、ちっぽけな、矛盾した願い。それが叶えば、どんなに嬉しいことだろう。多分、彼とこの先あゆむ道が、いつかは違うのかもしれない。だけど、私にはこの道を行くしかない。それは多分長谷部もそうで、その別れは避けられないけれど、求めることをやめられない。人は愚かで彼もまた愚かなのだ。
私はこの道を歩いて行く。幸いにも今夜は、明るい月が歩くべき道を照らしてくれる。私は歩を進めてホテルを目指し始めた。こんな身勝手な願いが、後ろを歩く彼に伝わりせんように、と祈りながら。

 

 

近況

 

炎の蜃気楼ってなんなの?まだまだ分からないので我々はアマゾンの奥地に飛んだ。(ツイッターはじめましたのでよろしければ仲良くしてください)

 

私は流行をつくっているのではない、スタイルをつくっているの。

と、かの有名なココ・シャネルは言いました。深い。よくわからないけど"スタイルを確立して、流行という移り変わりの大きい縛りから脱却する"という意味で合ってる?ねえ、シャネル合ってる?よく分からんからラインとかで教えて。

何かエントリ書きたいけど特に書くべきものがないので、今回は自分の服装、とくに観劇する際のことを書いてみようと思います〜。多分そんなに面白くもないですすみません。

 

服の系統

とはいえ考えてみたら観劇するからって普段と違う格好するわけではないなと気づく。一応とくにお気に入り!っていう服を着て行くくらいかな。本格ミュージカルや蜷川演出とかのちょっと形式ばった現場だと綺麗目を意識するくらい。

服はかなり好きです。体感、人より少しうるさいくらい好き。(お洒落とは言ってない)趣味の一環でもある。ただ、服に関する熱はすごく波があってまったく欲しくない期と今すぐ買いにいかないと死ぬ期があります。今は前者。

系統って言われると難しいけど、はっきり言って個性的なお洋服を着ます。ちょっと前の言葉で言うと青文字系に分類されると思う。そもそも顔がきつくて濃いので、似合う服を模索しているうちに気づけばとんちきな恰好をするようになりました。(成人式の振袖もピンクの桜模様の古典柄を試着したらあまりの似合わなさに店がざわつき、結局かなり変わったモダン柄になりました。)よく買うのは古着です。昔の柄シャツとかを集めています。とにかく派手な柄が好きだし似合う。逆に甘い花柄とか淡い色がほんとに似合わない。世界一淡いピンクが似合わない。とことんサブカル趣味。それからとにかく黒い服。黒、赤、紫、深い青とかはっきりした色が好きです。

思えば派手柄のシャツに黒のボトムか黒のシャツに黒のボトムか黒のワンピースしかレパートリーがない。オタクくさい。黒着とけばいいと思ってる。持ってる服は7割古着で、3割はたまーに服屋で買います。ていうか服屋の服って高くないですか?私が古着屋で買うのは高くても6000円くらいです。

 

好きなブランド

lily-brw.com

pameopose.com

www.k3coltd.jp

このあたりかなあ。あとZARAZARAは最高。でも最近ほんとに買わないです。高いから。パメオポーズはずっと好きだけど、ワンピース1着でプレミア席3,4回入れる値段する。たっかい!すぐにチケットに換算するのはオタクあるあるだと思います。この中でもリリーブラウンはまだ手が出る値段なのでちょくちょく買います。でもたまーにこれは買わなくちゃいけない、これを着るために生まれてきたんだ!!って服がk3とかにはあるのでちょっとの無理で買えるなら買ってしまう。そして大体後悔する。アクセサリーも大体こういうブランドで買うか、Vivienne Westwoodで買います。大ぶりのピアスが大好きだけど、穴の管理がめんどくさくて最近は小さいのをはめたまま。

靴は大体Dr.Martinか謎の厚底。厚底はそろそろバカっぽいからやめたいけど歩きやすいしトータルするとやっぱりかわいいのでやめられない...。社会人になったらどうするんだろう。

服装とは違うけど髪色の話。基本的にハイトーンじゃないと機嫌が悪いです。それか真っ黒。もともと黒髪だけどさらに濃い色入れたりします。大学入りたてのときは茶髪とかしたけどほんとに似合ってなかった。いままでにした色は数えきれない。ひどいときは毎日色が違う。いったんブリーチしてからはカラーバターを買って自分で配合して遊ぶのが楽しくて沼です。服装と髪色はトータルで考えるので、全身黒なら白に近い金、カラフルな柄シャツ着るなら真っ黒とか。就活で中途半端な黒髪にしていてずっと辛かったので、決まってからブリーチしなおして白金で銀劇通ったときのカタルシスたるや。

初めて会った人にオタクの話するとびっくりされるか、絶対オタクだと思ったって言われるかの二択です。オタクが見ればすぐオタクって分かるし(顔がオタクだから)、興味ない人には普通の人に見えてるらしいから生きやすい。逆にこっちから見てもオタクだなて人はなんとなく分かります。特に服に凝ってる人はオタク率が高い気がする。やっぱり細かいところに目がいく人は何かしらにハマりやすいのだと思います。周りのオタクはサブカル拗らせてオタクになった人が多いから尚更。あと女子校育ちってでかいんだと思うなあ〜〜。

www.instagram.com

影響を受けたっていうか、一番好きなモデルさんです。かわいすぎる。

 

観劇時

特にこの服着るとかはありません。というのも私は常々自分が最高にかわいいと思う服しか着たくない!!髪色も!!!っていうかなりめんどくさい人間なので、普段の日と気合はあまり変わらないです。(でも美意識が高いっていうより自己顕示欲が強いという方が正しい。)

だからと言って観劇時を疎かにしたりはしません。だって超特別な日だから。多分私はすごく「場」というものにこだわる方で、「この特別な舞台をやる場で好きな服を着て好きな髪色で見ることこそが1セット」として考えています。自分が一番好きなものに向き合うときに、自分が一番楽しくなれるコンディションでいたいです。それが私にとって服であり、髪色であり、アクセサリーです。

とはいえ、普通に外で遊ぶ時と劇場が同じ環境とはいえないのである程度のことを考えながら選んでる気はします。考えたら三つくらい出てきました。

 

・寒すぎないか、暑すぎないか

・露出が高くなりすぎてないか

・後ろの人に迷惑がかからないか

 

普通です。TPOをわきまえようって常々思ってます。一つ目は、行ったことのある劇場だとあそこは冷房効きすぎるな〜〜とか考えて選ぶっていう意味です。ブルーシアターは極力脱ぎ着しやすい服を選びます。二つ目はまんまです。そんなに露出が高くなる服を持ってるわけじゃないけど、一応自分にとって劇場という神聖な場所では厳かな気持ちでいたい。三つ目はピアスのことです。前述した通り大ぶりのピアスが大好きですが、極力つけていかないか、開演前に外すようにします。垂れるタイプばかり持ってるので、後ろの人に配慮する意味で気をつけます。

あと、作品に寄せた服装は基本的にしないです。それよりも自分が好きな恰好がしたい。グランギニョルの時は、一瞬全身オフホワイトで繭期をしようかなと思ったけど結局しませんでした。たぶんめんどくさくなったのとまともな白を持ってなかった。

 

かつてなく身バレしそうなエントリだ。おしゃれがしたいっていうより、自分が一番好きな恰好をしたい!という主張が強い。友達が苦笑いするような奇抜な恰好もたのしい。ただ劇場に行くときはTPOを考えているよっていうエントリでした。

イムリーに、推しがコラボアクセを匂わせてきましたが、買っても気に入らなかったら絶対つけない。爆笑。ほんとうに可愛げがない。しかもオタクがつけることを想定してないし完全に自分の趣味押しだしてきてワロタ。

 

 

この世は舞台なり。そこでは誰もが一役演じなければならぬ。/劇団シャイニング 舞台 マスカレイド・ミラージュ感想

前回のエントリーに大きなバグが発生したことをお詫びします。それにしてもClub SLAZYってなんだろう?え?10/11まで無料配信してるの?なんかめっちゃ面白い気がする。絶対に見ないといけない気がする。

 

うたプリとわたし 

うたプリに骨の髄まで捧げていた時、あたしはまだ17歳で、ママ以外に怖いものなんて一つもなかった。毎日学校に行って授業を受けてクラブをサボって幼馴染とナッツが乗ったチョコレートのアイスクリームを食べるだけの毎日に、カルテットナイトだけが彩りを添えてくれた。あたしはボーイフレンドも作らずに彼らに夢中になった。(アメリカのティーン向けラブロマンス小説風)

さっきツイセーブで振り返ってみるとまあまあな藍ちゃんガチオタでした。当時マジラブ2000%放送時のアニメ雑誌のポスターのカルナイが好きすぎて毎日それに向かって拝んだり、上松さんを讃えるために東に向かって礼拝とかしていたようです。キチオタ濃度は変わってない。多分この後入試とかがあって救いを求めた私はさらに美風藍ちゃんに傾倒したんだろうなあ。宗教にハマりやすいタイプです。そんでそのあとペダルの真波山岳くんを息子にしたいと思い立ち、ペダステを知り、舞台界隈に足を突っ込んで今に至る。

とにかく藍ちゃんが好きで、さらに藍ちゃんとユニット組んでめちゃくちゃかわいい曲を歌ってたカミュも好きだった。(のちにシンデレラ組と呼ばれる)その延長でカルテットナイトというアイドルを信仰して寿嶺二という苦労人を可愛がり、黒崎蘭丸という女殺しに怯えていた。まあとにかくカルテットナイトはわたしの青春だった。そもそもわたしは乙女ゲーマーでうたプリのことをアニメが始まる前から知っていて、え、あれアニメするの(笑)みたいな感じだった。アニメ見てからガチでハマってすぐにリピートを始め、先輩が出て来てからそのハマり具合を加速させた。で、一旦離れた頃に世間の熱がさらに激化して行って、一部の藍ちゃんオタのキチっぷりに怖くなって完全に離れてしまった。それからは藍ちゃん界隈はメンヘラガチ恋オタクの巣窟であるというイメージがついてしまい、自分もキチオタだったくせに倦厭するようになった。

うたプリが舞台をするという発表を知り、「怖!」という感想と共に昔の自分だったら完全にキレてたなと思った。今は完全に2.5次元モンスターと化している自分だけど、当時のツイートを見ると、藍ちゃんという完全な偶像を愛していたので今の私と絶対相容れないと思う。人は変わるね。

離れた時期がちょうどシアターシャイニングをやり始めた頃だったから、劇団シャイニングはドンピシャで大好きだった。だから機会があれば行こうかな〜〜ぐらいに思っていた。第一弾の忍び道も3階のチケットがちらほら余ってるのを見て行きかけたけどセミスタしかなかったので諦めた。

今回、キャストが出て、あ〜〜行かないとという義務感があった。染さまはもちろんもっくんまで出るとなったら行かないわけがなかった。この時の思考は完全に俳優オタとしての自分だったと思う。でも、チケットが激戦なのは目に見えてたし一公演行けばいいかなという感じ。まさか千秋楽にも入ってブルーレイまで予約するとは思ってたなかった。最高に「こんな日が来ると思わなかった」と思ったのは、美風藍担をくるっと翻してマイガールになったこと。怖。(便宜上原作キャラの名前で表記していますが、キャストのみなさんが2代目であることは重々承知です)

 

劇団シャイニング マスカレイド・ミラージュ fromうたの☆プリンスさまっ♪の感想

 

大げさにいうと、全ての2.5次元が目指すべき場所なんじゃないかと思いました。どれをとっても良い!

 

1.脚本

ほさかさんの作品を見るのは初めてだったんだけど、めちゃくちゃ良かった!原作キャラの流れを正当に汲んでいて、ほさかさんうたプリのオタクなの?って思った。少し冗長かもなってところはあったけどキャラクターの掘り下げは完璧だったし、まさか今回のテーマでウルっとさせられると思わなかった。〜みたいって言いたくないけど染さまがいたせいでグ..ン..ギニョ..みがあった。不死性は醜いものであるという共通認識が土台にあったため、TRUMPシリーズぽさがあったのかも。どこまでブロッコリーが介入してたかも気になる。さっちゃんの使い方、レイジーと寿嶺二の類似、アインザッツと藍ちゃんの共通項など使い方が絶妙すぎた。キャラクターについては別個で書きます。

 

2.衣装及びセット

言い尽くされてると思うけど、素晴らしく美しい。見た目が華やかな3人が着ると本当に中世ヨーロッパに迷い込んだようでした。アインザッツの衣装は完全に貴婦人だった。個人的にレイジーの衣装が好き。あんな衣装が似合う人そうそういないよ。染さまの強さを感じる。

また、メインキャスト以外の衣装も凝っていて本当に丁寧に作られた作品だ、と感心しました。2.5次元って良くも悪くもコスプレ感のある衣装になりがちで、たまにがっかりすることもあるんだけど、マスミラは世界観に準ずるという意気込みがひしひしと伝わって来ました。忍び道見に行ってないからどうなのかきになる。レビューの衣装は賛否あるけど私は慣れた。

セットもすごく素敵だった。ストレートのお芝居だとシンプルなセットが好きだけど(一番好きなのはメサイア紫微)、マスミラに至っては絢爛であれば絢爛であるほどいい!という気持ち。特に回転するセットと夜のシーンがとても良かった。大きな月の下でアインザッツが佇む様子は目に焼き付いて離れない。

それから神戸公演のオリエンタル劇場に限った話だけど、全体的に小劇場で洋風な造りと二階席の壁についたドレープみたいな布がすごくマスミラっぽかった。ヴェルサイユ宮殿のオペラ劇場みたいな造りをしていて、オリエンタル劇場好きです。セミスタは有罪だけど。

 

3.レビュー

最近ペンライトを振りたいオタクのためにそういう演出が増えましたね。アイドルジャンルの台頭というのもあるけど。私は正直舞台ジャンルにあんまりアイドル性を求めてなくて某ミュの二部が苦手です。(でも推しがいるので行きます。許せサスケ)舞台はじっくり見たいし、ペンライトとかわたわた出すの嫌だし、なによりファンサ取りのうちわのマウントが心底嫌。(でも推しには作ります。許せサスケ)

でもマスミラは超楽しかったです。多分あんまり長くないからだと思う。3人が出てきて歌う→レイジーソロ→シーノソロ→レイジーシーノで歌う→アインザッツソロ→レイジーシーノデュエット→アインザッツソロ→マスカレイド・ミラージュを3人で、の流れだったと思う!その間多分30分もなかったかな。曲もキャラクターの心情に寄り添ってて超いい。最後の決め台詞もうたプリっぽさがあって盛り上がる。ペンライトを出すところもレイジーが教えてくれるし、焦らずに済む。本編の余韻を残したまま楽しい気持ちにしてくれる最高のライブパートだった!!これくらいの長さが中だるみがなくて好きだ〜〜。

 

4.日替わりがしつこくない

文面通り。

 

とりあえずこんなところかな。いろんな2.5次元を見てきたけど特に原作にリスペクトを持っていて、かつ舞台で再現するということの意味に真摯に向き合って作られていました。

次はキャラ観!

 

レイジー/染谷俊之

 簡単にいうと夢女になりました。抱いて今夜は激しく抱いて(ディープさんの真似です。他意はない。)リアコ製造機。

染谷さんの演じるレイジーってなんでこんなに軽やかで魅力的なんだろう!ジルコニア夫人を誘うダンスも生き生きしていて体がウズウズした。夫人を見つめる目は熱っぽくキラキラしていて、こんなの夢女になっちゃう〜〜!!!って心で叫んだ。裾がクルンと翻るのが超好き。

ドラマCDではレイジーが妹に好意を持ってることがほのめかされるけれど、正直その展開が陳腐で好きじゃない。でも、染谷さんの演じるレイジーが妹を想う気持ちには胸がつまった。妹を想っているのに彼女や家族を傷つけることを恐れて言えない上に、貴族の跡取りだから早く結婚しろと急かされるレイジー。彼が貴族として一括りにされることに反発するのには様々なしがらみがあるからなんだろうなあ。彼が彼であることを縛る身分なんていらないと言ってしまうのは簡単だけど、大切なものを捨てきれなくて葛藤するレイジーはとても人間だと思った。いつか仮面を外す日を決意して、妹に気持ちを告げるのかな。すごく気になる〜〜.....。

グランギニョルあたりから染谷さんの役者としての考え方について感心させられることばかりです。ステージグランプリのインタビューがすごくよかった。

 

僕は、どのお仕事に対しても「自分は楽しまない」というスタンスなんです。というのも、観に来てくださる方を楽しませるべきで、自分が楽しんでしまったらきっと自己満足で終わってしまうとおもうから。観に来てくださった方に楽しんでいただいた結果、カーテンコールでスタンディングオベーションを浴びたときに、やっていて良かったなと思います。ただ「今日は完璧だった」と思った時点で、そこから上は目指せなくなってしまうと思うので、満足するということはないです。

ーStagegrandprix 2017年vol.3

か、かっこいい~~...。でも毎回ちゃんと楽しそうだから素敵。振り返ってみるといつも染谷さんの演じるキャラクター、役を好きになってる気がします。染谷さんはあまり2.5次元のイメージがなくて、前ナレで嶺二に声を寄せていたのを聞いてめちゃくちゃびっくりしました。

染谷さんが演じてる役は間宮はもちろんだけど、深雪とダリ様が好き。あとは鶴丸も染谷さんのしなやかさが生かされてて超好き。アンフェアな月も池袋ウエストゲートパーク銀河鉄道も行きたいのでどうにか都合をつけたい!

 

 アインザッツ/太田基裕

発表があったときマジで??!!ってエクスクラメーションマークとクエスチョンマークを飛ばしまくった。最近のキャスティング、斜め上なのに演じ切ってしまう器の大きさが好きだ...。

今回のリョナ要員。かなりありがたい。それにしても脚本がすばらしいよなあ。ここまでアインザッツ=藍ちゃんの流れをうまく利用してしまうなんて。作られた人形である彼だけど自分の存在に苦悩して葛藤し、向き合ってくれるレイジーに心を動かされるという流れがとてもメサい。「人はいつか仮面をとり」と歌詞にもあったけど、人と同じように仮面をつけて人生という舞台で演じ、苦悩する君は人だよ。

とても可憐だったなあ。そしてお歌が上手だった。もっくんの歌唱力が上がったのは個人的にスレイジー4が転機だと思っているので、その場に居合わせた自分はなぜか感慨深いものを感じました。本格ミュージカルに出るような役者さんになっても、ルーツであるテニミュを大事にしていて、つくづくうれしいことだと思います。これからもたくさんお芝居が見たい!デパート!楽しみだ。そういえばらぶフェスで村正も見れるんだうれしい。

 

シーノ/田川大樹

顔が綺麗すぎる。どっかの国の王子様を連れてきたのかと思った。今まで拝見する機会がなかったけど、すばらしいキャスティングだと思った。私はなっちゃんとさっちゃんが大好きなので、今回さっちゃん(のような何か)の登場にいたく喜びました。おっとりしたなっちゃんのしゃべり方と荒々しいさっちゃんのしゃべり方や仕草の使い分けがすごい。キャラクターへのリスペクトはほんとに痛み入ります。ありがとうございます。なっちゃんはかわいい。妖精。

脚本への疑問だけど、シーノの人格が分かれていることへの解決策、というか扱いを今後どのようにしていくのかというのが不透明だったのが気になった。レイジーもいつかはシーノにもう一つの人格について話さなければならないというほのめかしがあった。本編ではさっちゃんはなっちゃんと一つに返っていくという帰着をしていたけど、もしかして続編あります?よろしくおねがいします。好きなシーンは、さっちゃん(のようななにか)になったシーノが、レイジーに「お前はへらへらしていて信用ならないと」詰め寄るところです。レイジーに守られるだけの自分が嫌だったし、頼ってくれないことにももやもやしてたんだろうと思う。口は悪いけどさっちゃんはいい人だよ。

あと田川くんはでっかくてかわいい。カテコで染谷さんと太田さんにぎゅーっとしてたのがはちゃめちゃにかわいくて顔を覆った。

 

言葉にならない感想

・僕はみんなのレイジーだよんという目が笑ってないレイジー、お前...そんな...道化を演じるのもうやめろ!!!!

・レイジーがほかの女と結婚するの、無理すぎる。この先妹が誰かと結婚しておめでとう~とか死んだ目で言うレイジー、二年くらいしたら自殺してそう。はやく妹を連れて逃げて。

染谷俊之、表面はあたりが良いのに心の底にはどす黒いものを抱えた役を演じさせると天下一説。

・初めて行ったパーティーでレイジーに優しくされて好きになってしまうちょろい貴族の娘になりたい。レイジーが妹にドロドロに優しくしてるところを見てしまい、傷ついてさっさと家に帰りたい。そして、それなりの男と政略結婚してそれなりに幸せに暮らしているときに、どこかの貴族の跡取りと娘が駆け落ちしたという噂を聞いてレイジーのことを思い出したり思い出さなかったりしたい。

・レイジーとシーノの関係に萌えすぎて涙が出た。シーノはいつまでもレイジーにとって特別な友達なのだと思うと幸福で死ねる。

・レイジーとアインザッツメサイアを組んでください。(一嶋晴海顔)

・レイジー関連で萌えすぎるところ多すぎて始終あっぷあっぷしてた。四方から矢印を向けられる男、最高。

オリキャラがしつこすぎず、埋もれすぎずよかった。オートマータの演出もかなり好き。

 

おわりに

個人的に2.5次元作品の集大成を見たという気がします。完全に好みだけど。最後、アインザッツの歌に合わせて踊るレイジーとシーノのシーンがほんとうに好き。人が生きるということは仮面を被らざるを得ない時もあるけれど、突然人生のふとした時に仮面を脱いだ自分を見てくれる人が現れるという美しい瞬間もある。それに気づけることは、なんて嬉しくて楽しいことだろう。

とても楽しかったです!次のJoker Trapは一番好きな作品なので、めちゃくちゃ楽しみ。トリッキーハートに推しの内定がほしい。オレンジ髪が似合うのはアムネシアで証明されてるんだ!!

 

雑談

いつもスターをありがとうございます。調子にのっていっぱいエントリーをあげてしまいます。前回のエントリーを読んでくださった方がスレイジーを見て感想の記事をあげてくださるのを待っています。ほんとにお願いします。助かる命があります。

俺だけのところへおいで/Club SLAZYを見てディリーダリーストリートに行こう!

ハァッ.......ハァ........フウ....ゲホン....あー....聞こえるか?...あんたがこれを見てるってことは、俺はもうこの世にいないってことだな。...まあいいさ、俺だってこんな世界まっぴらだ。精々するぜ。...なんて言ったって、あんたは信じちゃくれないんだろうな。そうだよ、俺にはまだやらなくちゃならないことがある。故郷には身重の妻と育ちざかりの息子がいるし、俺はまだ刀ステジョ伝の日本号のキャストだって知らない。来週にゃあ劇場版「Fate/stay night Heaven's Feel」の公開だってある。やり残したことばっかだ...。ハハ、笑ってくれよ。...笑えねえよな。こんなおしゃべりいつまで続けてたって埒が明かねえ。本題だ。まずはヤツの話をしようか。そうだ、ヤツは俺たちが生ぬるいビールに酔ってる隙に後ろからやってきた。ヤツは卑怯だ。いつだって、幸せの絶頂に忍びよってくるんだからな。悪魔さ、鬼だよ。え、ヤツが誰かって?ハハ、笑わせるなよ。冗談だろ?ヤツだよ。卒論だよ!あいつは第一部隊を食い尽くしたかと思えば、俺たちの隊に真っ先にやってきた。たまたま推しくんのブログに夢中になっていた俺は助かったが、あとは全滅だ。あの推し舞台全通オタクのニコラス隊長も、薄ミュにはまりかけだったジャックもみんなやられちまった...。俺も時間の問題だ。今は一週間でやっつけたゴミみてえな卒論草稿で難を逃れたが、次のゼミがくりゃ一発でアウトだ。ゲームオーバー。...そうなる前に、この映像を見てるあんたに頼みがある。先に言っとくが、この映像には期限がある。10/11。この日を過ぎれば俺たちの努力はおじゃんになる。言ってること、わかるか?絶対に見てほしいんだ。

gyao.yahoo.co.jp

お前はこれを見て、なんだこれはと思うかもしれない。え、やばい。この○○ってキャラ萌える...尊い...。そう思うかもしれない。だが、おびえないでほしい。俺もそうだった。「え...このGarnet Starってめっちゃかっこいい...しかも、え...何...クールビー様かわいい...」と口走ったその次の瞬間にはAmazonで2と3を買っていた。そして4のチケットをとっていた。お前は怖くなるかもしれない。この世の中にこんなに最高な舞台があることを知ったことを。だが、目をそらさないでほしい。Club SLAZYは最高なんだ。社会に疲れ切った俺たちに、それでもがんばり続けることの意味を教えてくれるんだ。ああ、スレイジーは最高。一家に一枚。そう言って同郷のスティーブは死んだ。だから俺も語り継いでいかないといけない。...待て...チッ、奴らか。どうやらここまでらしい。長話になっちまったが、これだけは覚えていてほしい、Club SLAZY初演はGYAO!で10/11まで無料配信、最高なのでお前がもし話の通じないタコ上司の頭をかち割りたくなったときなどに見てくれ。そしてそれが気に入ったら10月12日(木) 25:05~25:35から東京MXほかで放送されるドラマを見てくれ。俺から言えるのは以上だ。すまないな、お前には苦労をかける。それから...いや、やめておこう。...もし妻と子供にあったら伝えてくれないか、お前たちを愛し

 

推しが刀に出たならば〜ないものねだりオタクの一人談義〜

望月「推しが刀に出たならば?まあ、それってなんて素敵な想像なのかしら!ばあや、パーティーの用意をしてちょうだい。私は庭に咲いたポピーを摘みに行きましょう、推しの刀デビューをお祝いするのよ!」

 

あんなにまともそうなエントリーを書いておいて、連続でこんな感じのふざけたエントリーも書くよ。

刀剣乱舞、それは誰もが憧れる超ノリに乗ってるコンテンツ。かくいう私も誘われて行った刀ミュでマイベストオブエンジェルを見つけて以降、夫のいない隙にパチンコにハマる主婦のようにズルズルと刀剣乱舞の道へ...。

ゲームは正直辛いものがあります。だって押すだけなんだもの。FGOという複雑怪奇なソシャゲを愛する身からすると正気か!?ってほどの省エネ仕様。審神者、税金泥棒にもほどがある。(公務員なのかは知らない)

やっぱりとうらぶの根幹はキャラクターだと思っています。刀の付喪神という複雑な生い立ちの彼らは、みんなちがってみんないい!という幼稚園みたいな奔放な感じのキャラクター性をもっています。各々元の持ち主に対してコンプレックスを抱いたり、尊敬をもっていたりと様々です。みんなほんと〜にかわいいです。

皆さまご存知のように刀剣乱舞ネルケプランニングマーベラスの2社によってそれぞれミュージカル(刀ミュ)とストレートプレイ(刀ステ)で2.5次元化されています。ややこしいのですが一応この二つは別の世界線であり、別の作品としてナンバリングされています。私が好きなのは刀ステですが、刀ミュにも出没します。(推しは刀ミュにいる。刀ステにもいるんだけどそこんとこは割愛)

 

わたしは頭が悪いので好きな俳優が好きな舞台に出ためっちゃ楽しいじゃんと常日頃考えています。ようやくサビです。推しにやってほしい刀剣男士を考えてみた〜〜!!!いえーい。

※これは実在する人物や企業とは一切の関わりを持たない、ただのオタクの戯言です。ご了承ください。

 

案1 へし切長谷部

突然各位に喧嘩売るスタイル。いや違うんです話を聞いてから殺してください。

わたしは長谷部がめちゃくちゃ好きだし、和田くんの長谷部のことも相当好きです。特に再演軍議で気が狂っていく長谷部が最高に好きです。それとこれとは別で!!!ただ単にわたしが推しが長谷部の格好してるところが見たいだけです!!許してください!!

長谷部の装束マジでずるいと思う。あんなかっちりしてるのに絶妙にエロい服そうそう無い。ただ推しは淡い髪色が似合わないので保留。*1

現実問題長谷部をやるとしたらミュージカルの方ですね。ファンサをする長谷部、アリます。推しのお歌とダンス大好きマン、想像するだけで脳がぐんにゃりします。長谷部のファンサ、長谷部のファンサ.....うん....。想像つかないけどめっちゃ死人が出そう。 

案2 大包平

すごく現実的だと思う。ガタイの良さでは物足りないかもしれないけど背はそこそこあるし、前の仕事の役に近いものがある。これは刀ステでバキバキの殺陣で見たい!刀ステの殺陣すごいですよね〜義伝を銀劇の二階から見て、息ができないほど緻密で圧巻されました。殺陣でグイグイ行くパワー系の役見てみたい!その場合鶯丸は誰にしてもらおう...。玉ちゃんとか...どうかな...。

 

案3  ソハヤノツルキ

次の刀ステにでるやないかーい!ってツッコミは抜きにして(映像の仕事中心になるって言ってたし無いの分かってるけど夢みさせて)*2、オレンジの髪色似合うので、アリです。思えば推しくん結構明るいキャラ多いです。本人が光の国の住人だから。望月は影のある役やってる推しのほうが好みではあるんですが、幅の広さに定評があるのできっと合います。光世は〜...光世は久保田悠来にやってもらいます。(適当)

 

案4  太郎太刀

本命。昔友達がクソみたいなクオリティのコラを作ってくれたのが面白かったし似てたから載せようと思ったけどスマホ替えたからなかった。きゅっと上がったアイラインが絶対似合う。綺麗な顔立ちがとても推し。髪型に既視感があるとすれば薄ミュだ...。あれは正直なんともいえない。太郎さんみたいな穏やかなキャラクターあんまり見たこととがないので一番見たいかも。調べたら身長196cmだった。爆笑。でかすぎるよ!推しは181cmです。大きい方だと思うけどほっそいからあんまりガタイのいいキャラには向いてないのかもしれない...。次郎ちゃんはもっくんにやってほしかったんだけどもう叶わぬ夢です。

案5 小豆長光

twitter.com

今さっきALL900で回したら3:20来て震える手で手伝い札使ったら鶴丸だった。解散。資材がないんです...ハイ...もう勘弁してください...。

キャラデザでたとき、あ、推しだって思った。いかんせんいないうえに情報が少ないから想像がつかない。けど見た目が推し(雑)エプロンあざとくていいよね!

 

やるといっておきながら相変わらず雑~。とにかく推し、刀に出て!そしてあわよくば末満さんの目に止まってTRUMPシリーズで吸血鬼の役をやってください! 

とりあえず私は今から福岡に行って日本号を見てきます。長谷部がいないの残念すぎる。常設にして。

*1:ちょっと前にグレーにしてたけど信じられないくらい似合ってなかった。本人もわかってるみたいで基本的に黒のままでいますとインスタライブでも言ってました。

*2:9月頭完全に気が狂っていたので、推しと和田くんと荒牧くんのオフが被っただけでこれはもらったとばかりに探偵しました。証拠はあがりませんでした。

誰かをほんとうに愛することはその人が見ている光から目をそらさないこと、たとえそれがどんなにまぶしくても/メサイア‐悠久乃刻‐に寄せて

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これがしたいが故に二冊買った。



こんばんは。お久しぶりです。さあ、メサイアの話をしよう。(堤嶺二風)

書かないわけにはいかない作品なのに、こんなに間が空いてしまった。忙しかったわけではないです。卒論ぼちぼちやったりテニミュ見たりしてました。テニミュ立海のライビュで初めて見たんですけどいろいろ衝撃を受けたのでまた次の機会になにか書きたいです。

このブログは一応備忘録を兼ねているので入った公演の詳細をば。読み流してください。

東京公演:銀河劇場 8/31 初日 E列下手 9/1 B列センター 9/9 ソワレ B列下手 9/10 マチネ二階A列上手 東京千秋楽 ソワレ三階下手ボックス席

大阪公演:サンケイブリーゼホール 9/22 初日 E列下手 9/23 マチネ E列センター ソワレ 二階F列センター 9/24 マチネD列センター下手寄通路横 大千秋楽 ソワレ M列上手

相変わらずの下手運。今持ってるチケットもほぼ下手だし下手の神に愛されているとしか思えない。センターの神に媚びたい。

 

わたしとメサイア

井澤くんを推すと決めてこの9月で二年、三年目に突入します。二年前を思い返すと、大好きなギャグマンガ日和が舞台化すると知り、行きたいと軽いノリで友人とチケットを応募したのですが、落選続き。なのになぜか東京には行こうということになり、二人で東京旅行をすることになっていました。ちょうどその少し前からメサイアを見始め、じわじわとはまっていた私は地元で鋼ノ章を上演すると知り、喜び、そして絶望しました。神戸公演と自分の東京旅行がドンかぶりしていたのです。本音を言うと旅行どころではなく鋼見たい!と思っていたのですが、もういろいろ予約してるし…まあ配信見ればいっかーと日和っていました。バカ。ほんとバカ。(そのころ舞台をそんなに見る機会がなく、生で舞台を見ることに対してあまりこだわりがありませんでした。)そして帰ってきて配信を見て椅子から転げ落ちました。物理的に、マジで、転げ落ちて膝を強か打ったのを記憶しています。私は生きている間宮星廉を二度とみられないことを静かに悟り、涙を流し、そして行きたい舞台はなんとしても行くことを固く誓いました。このことはいま思い出しても鬱になるし、心のやわらかい部分にできた傷です。癒えることはないでしょう。

そして本格的に井澤くんを推すことを決め、月に二回以上は劇場に行くようになり、友達が増えました。極力井澤くんの出る舞台は行くようにしていましたが、これはいいか~という舞台もあり、すごくぬるいオタクです。そんなわたしにとって今回の悠久乃刻を10回通うと決めたことは結構大きな決断でした。(本気で追いかけてらっしゃる方々にとって10回なんてたいした数じゃないということは重々承知です。地方学生の精一杯なのでゆるしてください。)それもこれも前作暁乃刻があったからです。

暁乃刻。それはトラウマであり聖域。

 

舞台「メサイア‐暁乃刻‐」 [DVD]

舞台「メサイア‐暁乃刻‐」 [DVD]

 

 鋼の後に映画やイベントをはさみ、タイミングを逃した私にとって恥ずかしながら暁乃刻が舞台メサイアの初観劇作品でした。大阪公演は全部行きました。ここでも日和ってる。猛省。

すさまじい作品でした。正直鋼を超えるほど泣くことなんて想像していませんでした。淮斗がいないのは今回だけで、二人はそろって卒業するって信じてました。シートベルトなしのジェットコースター。これ以上に的確に表せる言葉がない。鳩尾がヒュッとなる感覚。初日泣けなかったなあ。友達と二人呆然としながら帰ったのを昨日のように思い出せます。結局千秋楽で死ぬほど泣くことになったけど。

めちゃくちゃ拙いけどブログも書きました。書かずにはいられなかった。わたしにとって暁乃刻は特別です。もっとたくさん見ればよかった、東京まで行けば良かったという気持ちでいっぱいになりました。だから今回満を期して、通えるだけ通おうときめました。 

 本論に移りたいです。でも、えっと、なんか私の語彙や表現力でそれっぽいこと書けるんだろうかというプレッシャーがあります。たかがにわかオタクの感想だけど自分にとってすごく特別な作品だし思入れも尋常じゃないし…。精々マイベストを尽くします。

 

誰かをほんとうに愛することはその人が見ている光から目をそらさないこと、たとえそれがどんなにまぶしくても

じゃじゃん!それっぽいタイトルを考えてみました。悠久乃刻を見て私が思ったことをざっくりまとめるとこんな感じです。

それでは感想いってみましょう!とりあえず公式から引っ張ってきたあらすじ。

 

卒業ミッションを目前に控えたサクラ候補生、有賀涼、加々美いつき。彼らを非情な運命が襲う。

加々美は、サクラとして任務に就くために、敵方によって脳内に埋め込まれたチップを取り出すことになる。しかし摘出すれば、99%の確率で、直近の記憶を失うと宣言される。深い絆を結んだメサイア、有賀との記憶も…。

一方、有賀には、かつて所属していた闇の組織、「第三の闇(サード・ニグマ)」が接近。有賀の奪還を計画していることが明らかになる。

そして彼らに与えられる、驚愕の卒業ミッション。「ミッションは暗殺。ターゲットの名はーーー。」

僕らは立ちすくむ

悠久と終焉の白いはざまで

不穏すぎ。このあらすじが公開された時の自分の精神状況が心配。99%ってなに??やめてよそんなんほんとやめて…。あまりに受け止められなさ過ぎて全然舞台のオタクじゃないジャニオタの友達にも助けてって泣きついた。迷惑。

 

1.バベルの塔 

世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。彼らは、「れんがを作り、それを良く焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして全地に散らされるこのないようにしよう」と言った。

主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても妨げることはできない。我々は言葉が降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう。」

主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

手持ちの聖書から引用。ここでのバベルの塔というのはすなわちワールドリフォーミングのことですね。全世界が戦争をしないと決めた平和の象徴。一見して素晴らしいものに思えます。しかし神(キリスト世界でいう主)はそれを否定します。バベルの塔=ワールドリフォーミングという等式を思い浮かべる私たちにとってそれは違和感があるかもしれない。要するに神という善のファクターを持つ要素がワールドリフォーミングという同じく善の要素を持つはずのものを否定しているわけです。ここでワールドリフォーミングがただ単にプラスのモノとして描かれているわけではないことが浮かび上がります。それではワールドリフォーミングの持つマイナスの側面とはいったい何なのでしょう。

メサイアを見ているといつも思うことがあります。思考を停止することは罪であるということです。今回サリュートのセリフに「人間はな、魂まで抜かれたら終わりなんだ」というものがありますが、人間の魂とはまさに思考することだと思います。自分の意志というものがその人が生きていくことそのものです。私はそう思っています。

世界から争いが消えた。そのことは喜ぶべきことです。しかし、それで終わらせていいものではなく我々は常に今訪れた平和について、その陰で傷ついた人々について考え続けなければならない。そうしなければ、ワールドリフォーミングという一つの合意点は人々が思考を停止した怠慢の産物となってしまうのです。10年という長い間表立った戦争がなくなってしまえば、争いというものについて考える機会も遠ざかるでしょう。ここでいう神の怒りというのは、バベルの塔=ワールドリフォーミングにかこつけて考えを止めるなということだったのではないかなあと思います。バベルの塔=ワールドリフォーミングという一見すると”善”のものを”間違ったもの”に転換していく手腕は鮮やか。

たぶん初日が終わっていったん地元に戻ってきたときあたりだったと思います。昼間テレビをぼーっと見ていた時にいつも通り北朝鮮のミサイルのニュースをしていました。ちょうど9/9が建国記念日でミサイル発射の可能性が高いぞと言われている時期で、東京楽にいくために9/9にまた東京に行くというと親に嫌な顔をされました。いつもならあ~またやってるな~怖いな~と思うくらいでした。でもそのときは、自分でも驚くくらいハッとしました。メサイアの世界は紛れもなく自分が生きている世界だ。自分が今エンタメとして消費しているものはこんなにも現実世界を映しているんだ、と。本当に今更なにを言ってるんだと思われても仕方がないと思います。一応自分の中でメサイアのあの部分はここを踏襲しているなあとかはわかっているつもりだったのですが、ここまで現実を実感したのは初めてでした。そして、とても怖いと思いました。私たちは普段から戦争やテロについて深く考えないうちに、それを下敷きにした作品に触れています。戦争のなかで生きていくということを作品やキャラクターを通してなんとなく知った気でいます。しかしそれは結局他人事でしかなく、今起きていることすらアニメや漫画の世界と同じだと思い込む癖がついています。少なくとも私はそうでした。自分が生きている現実に対する感覚が恐ろしく麻痺しているのを実感しました。メサイアという作品は現実じゃないけど現実です。世界のどこかで起こっていることを、ありのままに描いています。だから、こんなにも鈍感な私にも響くのだと思います。

 

2.加々美いつきというサクラ候補生

一つ前は結構マクロな視点で書いたので次は個人について書いていこうと思います。

加々美を語るにはねえ~間宮の存在を無視できないんだよねえ~…。ただそれがほんとうにしんどい...。

前作でやっと互いが互いのメサイアであることを実感し始めた二人にとって、今回の記憶を失うということはなによりもつらいことでしょう。だって加々美にとって大切にすべき記憶は有賀との記憶以外になーんにもないんだから。両親が亡くなったことはもちろんだけど、おじさんとの生活が楽しいだけなわけがない。(チェーカーお前あとで体育館裏な)マジで鬼のような脚本だなっておもった。さらに有賀はDSY*1に狙われてるらしいし、チェーカーはなぜかピンピンしてるしもうめちゃくちゃだよ!これからの悠久乃刻どうなっちゃうの~><って感じですよ。ちゃおの新連載か?ってくらい懸念材料が多い。

いつきのパーソナリティって暁まで軽薄で余裕こいててなんかちゃらついてるってイメージがあったと思う。(褒めてます)さっきまで暁みながらこの文章を書いてたのですが、ほんとに悠久の比ではないくらいちゃらちゃらしてる。思い出せば悠久のいつき、ずっとつらい顔をしてたなあ。有賀はやっぱり静(陰)のキャラクターですし、その横に並ぶいつきが動(陽)のキャラクターであるのは必然で、観客も当然そう思ってる。そんないつきが「記憶を失うくらいなら卒業しなくたっていい」と言う。まあ不安になりますよね。私も、サクラ候補生のなかでも相当クレバーで冷静ないつきがこんなにもグラグラで大丈夫なんだろうかと思いました。実際はそんなこと杞憂でしかありませんでした。

加々美いつき、それはどうしようもない有賀のもとに落ちてきた天使。

ここまでまっすぐに何かを求めるサクラ候補生がかつていたでしょうか。「お前は俺のメサイアだ」「人が死ぬって大変なことなんだ」「人が死ぬことがどんなにつらいかお前が一番よく知ってるだろ」

インパクトがある言葉でもないし、特別なことを言ってるわけでもない。正直他の誰かが言えば嘘くさくて底の浅い言葉になってしまう。だけど、ここまで胸を打たれた台詞はありません。見方を変えるといつきの願いというのはエゴでしかないと思います。有賀に戻ってほしいと思うのも全部エゴ。だけどそれは有賀にとってどんなに救いだっただろうかと思います。有賀は間宮に何も言わないことを選び、結果失ってしまった。そのような体験をした有賀にとって加々美の素直さや正直さはどれほど救いだっただろう。だから、終盤の有賀といつきと対峙するシーンはつらくもあったけど、分かりあうためにお互いから目を反らさない”二人のメサイアの在り方”を感じてとても良かった。

いつきが有賀のことを想うとき、間宮のことを考えずにはいられません。暁の冒頭でもそうだったし、「さすが自分のメサイア殺した男は~」っていう発言からもそうですね。でもそれはある種仕方がないことだと思います。有賀にとって間宮が特別なのは事実だし、いつきは間宮と一目だけとはいえ会ったことがあるのだし。その事実が消えることは絶対ない。それっていつきにとって地獄だろうし、これから常に付きまとうことなんだろうな。ここで表題に戻るわけですが、人が誰かを愛することには様々形があると思います。護と淮斗が選んだのが「離れずにずっと一緒にいること」だとすれば、いつきが選んだのは、有賀が信じる光から目を反らさないことだと思います。つらいし、眩しいし、ありえないほど遠い光。いつきが信じるにはあまりにも現実味がなかったかもしれない。だけど、いつきは目をそらさなかった。つらいと叫びながらも有賀の腕を引いて行った。そのまっすぐさで加々美は有賀の唯一のメサイアになったのです。

ニグマにいた有賀に光を与えたのはまぎれもなく間宮であるけれど、その光に殉ずるための有賀涼でいるためには加々美いつきがメサイアでなくてはならない。二人は「争いのない世界」を作るために光が差してくる悠久の時の向こうに共に駆けていった。なんだかジーンときてすごく誇らしかったです。

 

3.有賀涼というサクラ候補生

 有賀を語るのは無理です。なんじゃそら。加々美について語れているわけでもないしね。有賀はね、井澤くんへの思いれが強すぎるし、だめです。もちろん有賀=井澤君という気はさらさらないけど、やっぱり有賀の向こうに井澤君を見てしまう...。良くも悪くも贔屓目に見てしまうし、冷静な判断ができないので書きません!(クソ)

唯一言えることは昔の男が多すぎるし、最後一嶋ともやらしい感じになっていたので、加々美いつきという字を1000回写経しろ有賀涼!!!!!!!現実にもかっちという嫁がいるのもどうかと思う。

 

4.残酷をねだるシステム、メサイア

前々からすごーく懸念していたことがあって、まあそれも結局は杞憂だったんですけど、井澤くんと杉江くんって言葉を選ばずに言えば、仲がいいわけではなかった。メサイアまで共演もなかったし、ステージグランプリ読むと初対面の時、また井澤くんは深紅の現場で偉そうにしていたらしいし。*2井澤くんは井澤くんで杉江くんのことをチャラいと思っていたらしい。過去を振り返ると、松田凌と小野健斗の距離感おかしい誕生日一緒に過ごすマンたちとかもともと超気が合う赤澤燈と廣瀬大介のコンビとかがいた。正直この人たちは過去もこの先もメサイアなんだろうなって感じがある。でも、井澤くんと杉江くんはそうではなかった。もしほかの現場で知り合っていたら絶対仲良くなってなかったと思う。そんな二人をほんとうの唯一無二にしてしまったメサイアというシステムはあまりに恐ろしいと思う。だって、たぶんどこにいっても井澤くんのメサイアは杉江くんだって認識がつきまとうじゃん。二人がどこで何の仕事をしようとも二人がメサイアになって一緒に卒業したことは消えない事実じゃん...。怖いよメサイアシステム。

 あ、有賀涼~~~~!!!!

昨日(10/3)の井澤くんのインスタライブで「杉江くんとあれから会いましたか?」というコメントに対して「会ってなくても(ツイッター見てる限り)何してるか知ってるから~^^」と言ってました。分かる。この世界で相方が生きてるという事実だけでいいよね。でももちろん今後たまに会ったりして、写真とか撮ったりして、「僕のメサイアと!」みたいな写真をツイッターにあげる日が来るんだろうな..。別現場で「勇貴がいたのでいじめてきました」みたいな杉江くんの無意識マウントツイートがあがるんだろうな...。今のうちに大声を吸収してくれるクッションを買っておこう。

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これもやばい。

 

5.プロフェッショナル舞台としてのメサイア

千穐楽カテコに演出の西森さんが出てこられました。西森さん見るとなぜか安心する。メサイアの母のよう。間宮のお話しとかいろいろしてくださっていろいろ思うところはあるのですが、一番グッと来たお話について。

メサイアの一番良いところは関わる人間全てがメサイアを私物化しないところ」

これね、ほんとうに突き刺さりました。スタッフがそれぞれ”俺はここを責任をもってやり遂げるよ”“わたしはこれを精いっぱいやります”というふうにプロフェッショナルが個々で技術を持ち寄るというイメージです。今回の舞台で私はとっても音響さんや照明さんの力を感じました。殺陣の音、ハングドマンの死体にあたる青い光。挙げるときりがない。もちろん脚本の毛利さんもだし、殺陣師の六本さんも、キャラクター原案をされた原作の高殿円先生も素晴らしいお仕事をしてくれました。新オープニングもめっちゃくちゃにかっこいい。これらがここまで洗練されて素晴らしいものになったのは、関わるスタッフさんがプロとしてメサイアを作ったからです。誤解を恐れずに言うと、とてもビジネスライクな現場なのだと思います。だからこそ甘えがない。絶対に妥協がないのです。これまで舞台のオタクをしてきて、正直なめてんのかと思う舞台は少なくありません。あれって実際客に届けるという意識が足りないんだと思います。でもメサイアに限ってはこの先絶対にないと断言できます。これは観客との信頼関係も大きいと思う。どんなに苦しい舞台であっても観客が真っ向から受け止めてくれるという信頼があるから、ここまで素晴らしい舞台になるのです。なんだかほんとうにすごいものに出会ってしまった…。そういう環境で成長できた井澤くんが本当に誇らしい。応援して来れたことをこの千穐楽の日ほど感謝した日はありません。

 

おわりに

だらだらと書いていたらなんかすごい長くなってしまった。読みずらい!

今回の悠久乃刻で、改めて井澤くんを応援したいという気持ちを再確認しました。カテコでジェーくんが「メサイアに出れば売れると思っていたが違った。メサイアに出た俳優が、メサイアの中で苦悩して成長するから、自然と仕事の幅に繋がっていっただけだ。(要約)」と言ってくれました。私は超絶泣きました。井澤くんがこの先もっともっと多くのお客さんに見てもらえるような舞台に出たときに、メサイアのことを思い出すのだろうなと思うと感無量です。(ただ、ちょっといろいろ思うところはあるのでまた他のエントリーに書くかもしれない。)それから東京楽で「終わりは始まり」とエンドくんの言葉を引用してくれたとき、も~~~~井澤くんイズマイゴッド…って崩れ落ちた。ほんとにうれしかった。

改めて、有賀涼と加々美いつき、そして井澤勇貴くん杉江大志くん、卒業おめでとう!

西森さんと同じく、わたしはあなたたちを肯定します。

このブログを読んでくださってる方はもちろん悠久済みだろうとは思いますが、もし見てない人がいるならば、とりあえず20分だけ見てみなよ。無料だよ。

 

gyao.yahoo.co.jp

 

余談 

わたくしの今後の予定としましては、すぐにマスカレードミラージュに行って11月に刀ミュとかデパート!とか。つい最近発表された米原さんのソロライブにも行きます。井澤くんのお歌スレイジーライブぶりで楽しみすぎる~。12月はらぶふぇすもチケットをご用意されたので行きます。刀ステも行きたいけどなんか不穏。バーイベは予定次第ではわからぬ…。

 

 

*1:第三の闇

*2:かわいい。どこへ行っても偉そうとかナルシストとか言われてるからほんとに態度がでかいんだと思う。ジェーくん曰く「民度が低い」超分かる