名探偵のいない密室

出会う前からの長いお別れ

精神の解放、或いは肉体の悲鳴 メサイア-暁乃刻-に添えて

突然ですが、人の魂はどこに宿るものだと思いますか?脳?心臓?よく議論される命題ですが、真面目に考えたことはなかったって人が多いのかな。わたしもそうでした。人生で一番このことについて考えた期間でした。メサイア 暁乃刻を見てきました。

 
大阪初日、泣けませんでした。悲しくて悲しくて苦しかったのに涙は出ませんでした。これは結構あることで、初見のインパクトに圧倒されて放心状態になることは多いです。
今回も放心状態のまま帰ってきました。帰ってからも放心状態で、だけど神経が異様に興奮していて眠れませんでした。
自分に心に唯一突き刺さっていたのは、護が与り知らぬところで淮斗が死んでいた、ということでした。今までメサイアを失ったサクラたちは、みんなそのメサイアの死を見守っています。鋼ノ章で有賀が間宮を殺したように、自分の手で殺すことだってありました。だけど、あんなにずっと一緒だった護と淮斗は、お互いのいないところで死別してしまいました。これが一点ほんとに辛かった。
しかし、護は笑顔でチャーチを去っていきます。メサイアを伴って卒業したサクラたちと同じように。護の感情と自分の感情の乖離が特にしんどかった。
この辛くてどうしようもない気持ちは回を重ねるごとに逃げ場を失って、馬鹿みたいに本気で見るのをやめて帰ってしまおうかと何度も思いました。護が北の工作員に捉えられ淮斗の声を聞くシーンが始まるたびに、ああまた護が淮斗を失うところを見なければいけない。これは永遠に続くのではないか、とループの中にいる気持ちでした。
大千秋楽も泣けませんでした。淮斗は本当は死んでいないのじゃないか、どこかで身を隠しているだけで、いつか護のところへ帰ってくるのじゃないか。そんなことばかり考えていました。
大千秋楽の挨拶のときに演出家の西森さんが挨拶をされて、淮斗役の廣瀬くんからメッセージがあります、と言いました。
『燈、楽しかった?』という録音に燈くんは大きな声で楽しかったよ!!と言います。録音なのでちょっと遅れて『そっかー』と廣瀬くん。『花束渡しに行きたかったなあ...行ったらびっくりする?』「びっくりするよ!!」
そして下手からメサイアコートを来た廣瀬くんが、大きな花束を持って、出てきました。
急に出てきた涙に自分自身びっくりしました。もう多分暁を見てもずっと泣けないままなんだろうなって思ってたのに、膝をついて泣く燈くんを見て、やっと暁乃刻の完結を見たように思えて、涙が止まりませんでした。
それは舞台本編とは関係ないじゃないか、と言われると反論はできません。でも私は、舞台でのお芝居というのは役者さんとキャラクターの境目が限りなく無くなるものだと思っています。その境目がゼロになる瞬間を見に行っています。あの時の燈くんは確かに、廣瀬くんを、淮斗を求める護でした。なので、この日に護と淮斗が会えたことに嘘はないと思います。あくまでもわたしにとってですが、廣瀬くんが燈くんに会いに来てくれたことを以ってやっとメサイア暁乃刻は完成したのだと思っています。最後に二人が揃うところを見たことで、わたしはまるっと救われてしまいました。現金ですが。
数日経って冷静になって護と淮斗について考えると、自分が思う「悲しい」「辛い」の身勝手さに気づいて唖然としました。
ここで冒頭に戻りますが、わたしは人の魂はやっぱり精神を司るところの脳に宿るのかなあと思います。だけど、肉体を離れた精神が人間だとは思えません。肉体の制限を受けない思考がヒトであることは不可能です。これはただ一個人の考えであって、世界中ではいろいろな仮説が立てられてるでしょう。
だけど、そういうありふれた一般論とは全く関係ないところに護の想いはあります。
極端に言うと、護は淮斗の精神が道端の花に宿ろうと、極悪の死刑囚に宿ろうと、それを淮斗と愛おしく呼ぶのだろうと、思います。魂の置き場が変わっても相変わらず、(いや、肉体から解放されたことでさらに?)無邪気でしなやかで自由な淮斗を愛するのだと思います。護はそこに、他人の共感や肯定を一切必要としていないのです。淮斗のほうも、肉体があってもなくても変わらず護の側にいることが全てで、護がいることこそが魂の在りかで、もしかしたら淮斗は初めから身体なんて要らないと思ってたかもしれない。
恐ろしいほどの執着だと思います。だけど、それを選んだ護の表情は見たことがないほど希望に満ちた顔をしていて、メサイアを伴って卒業していったサクラたちと同じ気持ちで護がこの世界で生きていけるなら、これ以上のことはないのだと、痛感しました。
わたしは二人の在り方が「悲しい」「辛い」。だけどそれは身勝手な押し付けで、二人にとってはなんだそんなこと、と笑い飛ばせるような瑣末なことなのかもしれません。共感とか同情ってうつくしい言葉だけど、時には乱暴だよなあ。
これだけグダグダ言いましたがとても好きなシーンがあります。一人前のサクラとなった護が北方の工作員と交戦している。ようやく全員なぎ倒した中から奇妙な動きで立ち上がる敵が一人、護に銃口を向ける。それは奇妙なほどたまたま、身体を持っていたころの淮斗と背丈髪型が似ている。彼は次の瞬間襲いかかる敵に護と一緒になって銃を構える。
「さあ一緒に暁をみよう」
そこには確かに淮斗がいた。
そして護は走り出す。どこかにいる淮斗を近くに感じながら。
 
 
長々となってしまいましたが、これで書きたいことは全部かな〜。脚本の雰囲気も変わって、正直面食らったこともありましたが、今はしみじみと、素晴らしい作品だった、見られて本当に良かったと思っています。燈くん廣瀬くん卒業おめでとう!廣瀬くんの新たな活躍を心から祈って!
もちろん推しである井澤くんのことも書きたい!のですが、きりがいいので今回はここまでにしとこうかな。有賀と加々美に関しては一点だけ。護と淮斗の終わりと始まりについて否定するところは全く(全く!!)ないのですが、有賀といつきは身体の暖かみを分け合えるメサイアになってほしい。家族の暖かみを知らない有賀と、家族の暖かみを失った加々美。二人が並んで卒業できるのを、心から祈っています。悠久乃刻では祝い花デビューしようと思っています!楽しみだ!!!