名探偵のいない密室

若手俳優の舞台のこと中心

誰かをほんとうに愛することはその人が見ている光から目をそらさないこと、たとえそれがどんなにまぶしくても/メサイア‐悠久乃刻‐に寄せて

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これがしたいが故に二冊買った。



こんばんは。お久しぶりです。さあ、メサイアの話をしよう。(堤嶺二風)

書かないわけにはいかない作品なのに、こんなに間が空いてしまった。忙しかったわけではないです。卒論ぼちぼちやったりテニミュ見たりしてました。テニミュ立海のライビュで初めて見たんですけどいろいろ衝撃を受けたのでまた次の機会になにか書きたいです。

このブログは一応備忘録を兼ねているので入った公演の詳細をば。読み流してください。

東京公演:銀河劇場 8/31 初日 E列下手 9/1 B列センター 9/9 ソワレ B列下手 9/10 マチネ二階A列上手 東京千秋楽 ソワレ三階下手ボックス席

大阪公演:サンケイブリーゼホール 9/22 初日 E列下手 9/23 マチネ E列センター ソワレ 二階F列センター 9/24 マチネD列センター下手寄通路横 大千秋楽 ソワレ M列上手

相変わらずの下手運。今持ってるチケットもほぼ下手だし下手の神に愛されているとしか思えない。センターの神に媚びたい。

 

わたしとメサイア

井澤くんを推すと決めてこの9月で二年、三年目に突入します。二年前を思い返すと、大好きなギャグマンガ日和が舞台化すると知り、行きたいと軽いノリで友人とチケットを応募したのですが、落選続き。なのになぜか東京には行こうということになり、二人で東京旅行をすることになっていました。ちょうどその少し前からメサイアを見始め、じわじわとはまっていた私は地元で鋼ノ章を上演すると知り、喜び、そして絶望しました。神戸公演と自分の東京旅行がドンかぶりしていたのです。本音を言うと旅行どころではなく鋼見たい!と思っていたのですが、もういろいろ予約してるし…まあ配信見ればいっかーと日和っていました。バカ。ほんとバカ。(そのころ舞台をそんなに見る機会がなく、生で舞台を見ることに対してあまりこだわりがありませんでした。)そして帰ってきて配信を見て椅子から転げ落ちました。物理的に、マジで、転げ落ちて膝を強か打ったのを記憶しています。私は生きている間宮星廉を二度とみられないことを静かに悟り、涙を流し、そして行きたい舞台はなんとしても行くことを固く誓いました。このことはいま思い出しても鬱になるし、心のやわらかい部分にできた傷です。癒えることはないでしょう。

そして本格的に井澤くんを推すことを決め、月に二回以上は劇場に行くようになり、友達が増えました。極力井澤くんの出る舞台は行くようにしていましたが、これはいいか~という舞台もあり、すごくぬるいオタクです。そんなわたしにとって今回の悠久乃刻を10回通うと決めたことは結構大きな決断でした。(本気で追いかけてらっしゃる方々にとって10回なんてたいした数じゃないということは重々承知です。地方学生の精一杯なのでゆるしてください。)それもこれも前作暁乃刻があったからです。

暁乃刻。それはトラウマであり聖域。

 

舞台「メサイア‐暁乃刻‐」 [DVD]

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 鋼の後に映画やイベントをはさみ、タイミングを逃した私にとって恥ずかしながら暁乃刻が舞台メサイアの初観劇作品でした。大阪公演は全部行きました。ここでも日和ってる。猛省。

すさまじい作品でした。正直鋼を超えるほど泣くことなんて想像していませんでした。淮斗がいないのは今回だけで、二人はそろって卒業するって信じてました。シートベルトなしのジェットコースター。これ以上に的確に表せる言葉がない。鳩尾がヒュッとなる感覚。初日泣けなかったなあ。友達と二人呆然としながら帰ったのを昨日のように思い出せます。結局千秋楽で死ぬほど泣くことになったけど。

めちゃくちゃ拙いけどブログも書きました。書かずにはいられなかった。わたしにとって暁乃刻は特別です。もっとたくさん見ればよかった、東京まで行けば良かったという気持ちでいっぱいになりました。だから今回満を期して、通えるだけ通おうときめました。 

 本論に移りたいです。でも、えっと、なんか私の語彙や表現力でそれっぽいこと書けるんだろうかというプレッシャーがあります。たかがにわかオタクの感想だけど自分にとってすごく特別な作品だし思入れも尋常じゃないし…。精々マイベストを尽くします。

 

誰かをほんとうに愛することはその人が見ている光から目をそらさないこと、たとえそれがどんなにまぶしくても

じゃじゃん!それっぽいタイトルを考えてみました。悠久乃刻を見て私が思ったことをざっくりまとめるとこんな感じです。

それでは感想いってみましょう!とりあえず公式から引っ張ってきたあらすじ。

 

卒業ミッションを目前に控えたサクラ候補生、有賀涼、加々美いつき。彼らを非情な運命が襲う。

加々美は、サクラとして任務に就くために、敵方によって脳内に埋め込まれたチップを取り出すことになる。しかし摘出すれば、99%の確率で、直近の記憶を失うと宣言される。深い絆を結んだメサイア、有賀との記憶も…。

一方、有賀には、かつて所属していた闇の組織、「第三の闇(サード・ニグマ)」が接近。有賀の奪還を計画していることが明らかになる。

そして彼らに与えられる、驚愕の卒業ミッション。「ミッションは暗殺。ターゲットの名はーーー。」

僕らは立ちすくむ

悠久と終焉の白いはざまで

不穏すぎ。このあらすじが公開された時の自分の精神状況が心配。99%ってなに??やめてよそんなんほんとやめて…。あまりに受け止められなさ過ぎて全然舞台のオタクじゃないジャニオタの友達にも助けてって泣きついた。迷惑。

 

1.バベルの塔 

世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。彼らは、「れんがを作り、それを良く焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして全地に散らされるこのないようにしよう」と言った。

主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても妨げることはできない。我々は言葉が降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう。」

主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

手持ちの聖書から引用。ここでのバベルの塔というのはすなわちワールドリフォーミングのことですね。全世界が戦争をしないと決めた平和の象徴。一見して素晴らしいものに思えます。しかし神(キリスト世界でいう主)はそれを否定します。バベルの塔=ワールドリフォーミングという等式を思い浮かべる私たちにとってそれは違和感があるかもしれない。要するに神という善のファクターを持つ要素がワールドリフォーミングという同じく善の要素を持つはずのものを否定しているわけです。ここでワールドリフォーミングがただ単にプラスのモノとして描かれているわけではないことが浮かび上がります。それではワールドリフォーミングの持つマイナスの側面とはいったい何なのでしょう。

メサイアを見ているといつも思うことがあります。思考を停止することは罪であるということです。今回サリュートのセリフに「人間はな、魂まで抜かれたら終わりなんだ」というものがありますが、人間の魂とはまさに思考することだと思います。自分の意志というものがその人が生きていくことそのものです。私はそう思っています。

世界から争いが消えた。そのことは喜ぶべきことです。しかし、それで終わらせていいものではなく我々は常に今訪れた平和について、その陰で傷ついた人々について考え続けなければならない。そうしなければ、ワールドリフォーミングという一つの合意点は人々が思考を停止した怠慢の産物となってしまうのです。10年という長い間表立った戦争がなくなってしまえば、争いというものについて考える機会も遠ざかるでしょう。ここでいう神の怒りというのは、バベルの塔=ワールドリフォーミングにかこつけて考えを止めるなということだったのではないかなあと思います。バベルの塔=ワールドリフォーミングという一見すると”善”のものを”間違ったもの”に転換していく手腕は鮮やか。

たぶん初日が終わっていったん地元に戻ってきたときあたりだったと思います。昼間テレビをぼーっと見ていた時にいつも通り北朝鮮のミサイルのニュースをしていました。ちょうど9/9が建国記念日でミサイル発射の可能性が高いぞと言われている時期で、東京楽にいくために9/9にまた東京に行くというと親に嫌な顔をされました。いつもならあ~またやってるな~怖いな~と思うくらいでした。でもそのときは、自分でも驚くくらいハッとしました。メサイアの世界は紛れもなく自分が生きている世界だ。自分が今エンタメとして消費しているものはこんなにも現実世界を映しているんだ、と。本当に今更なにを言ってるんだと思われても仕方がないと思います。一応自分の中でメサイアのあの部分はここを踏襲しているなあとかはわかっているつもりだったのですが、ここまで現実を実感したのは初めてでした。そして、とても怖いと思いました。私たちは普段から戦争やテロについて深く考えないうちに、それを下敷きにした作品に触れています。戦争のなかで生きていくということを作品やキャラクターを通してなんとなく知った気でいます。しかしそれは結局他人事でしかなく、今起きていることすらアニメや漫画の世界と同じだと思い込む癖がついています。少なくとも私はそうでした。自分が生きている現実に対する感覚が恐ろしく麻痺しているのを実感しました。メサイアという作品は現実じゃないけど現実です。世界のどこかで起こっていることを、ありのままに描いています。だから、こんなにも鈍感な私にも響くのだと思います。

 

2.加々美いつきというサクラ候補生

一つ前は結構マクロな視点で書いたので次は個人について書いていこうと思います。

加々美を語るにはねえ~間宮の存在を無視できないんだよねえ~…。ただそれがほんとうにしんどい...。

前作でやっと互いが互いのメサイアであることを実感し始めた二人にとって、今回の記憶を失うということはなによりもつらいことでしょう。だって加々美にとって大切にすべき記憶は有賀との記憶以外になーんにもないんだから。両親が亡くなったことはもちろんだけど、おじさんとの生活が楽しいだけなわけがない。(チェーカーお前あとで体育館裏な)マジで鬼のような脚本だなっておもった。さらに有賀はDSY*1に狙われてるらしいし、チェーカーはなぜかピンピンしてるしもうめちゃくちゃだよ!これからの悠久乃刻どうなっちゃうの~><って感じですよ。ちゃおの新連載か?ってくらい懸念材料が多い。

いつきのパーソナリティって暁まで軽薄で余裕こいててなんかちゃらついてるってイメージがあったと思う。(褒めてます)さっきまで暁みながらこの文章を書いてたのですが、ほんとに悠久の比ではないくらいちゃらちゃらしてる。思い出せば悠久のいつき、ずっとつらい顔をしてたなあ。有賀はやっぱり静(陰)のキャラクターですし、その横に並ぶいつきが動(陽)のキャラクターであるのは必然で、観客も当然そう思ってる。そんないつきが「記憶を失うくらいなら卒業しなくたっていい」と言う。まあ不安になりますよね。私も、サクラ候補生のなかでも相当クレバーで冷静ないつきがこんなにもグラグラで大丈夫なんだろうかと思いました。実際はそんなこと杞憂でしかありませんでした。

加々美いつき、それはどうしようもない有賀のもとに落ちてきた天使。

ここまでまっすぐに何かを求めるサクラ候補生がかつていたでしょうか。「お前は俺のメサイアだ」「人が死ぬって大変なことなんだ」「人が死ぬことがどんなにつらいかお前が一番よく知ってるだろ」

インパクトがある言葉でもないし、特別なことを言ってるわけでもない。正直他の誰かが言えば嘘くさくて底の浅い言葉になってしまう。だけど、ここまで胸を打たれた台詞はありません。見方を変えるといつきの願いというのはエゴでしかないと思います。有賀に戻ってほしいと思うのも全部エゴ。だけどそれは有賀にとってどんなに救いだっただろうかと思います。有賀は間宮に何も言わないことを選び、結果失ってしまった。そのような体験をした有賀にとって加々美の素直さや正直さはどれほど救いだっただろう。だから、終盤の有賀といつきと対峙するシーンはつらくもあったけど、分かりあうためにお互いから目を反らさない”二人のメサイアの在り方”を感じてとても良かった。

いつきが有賀のことを想うとき、間宮のことを考えずにはいられません。暁の冒頭でもそうだったし、「さすが自分のメサイア殺した男は~」っていう発言からもそうですね。でもそれはある種仕方がないことだと思います。有賀にとって間宮が特別なのは事実だし、いつきは間宮と一目だけとはいえ会ったことがあるのだし。その事実が消えることは絶対ない。それっていつきにとって地獄だろうし、これから常に付きまとうことなんだろうな。ここで表題に戻るわけですが、人が誰かを愛することには様々形があると思います。護と淮斗が選んだのが「離れずにずっと一緒にいること」だとすれば、いつきが選んだのは、有賀が信じる光から目を反らさないことだと思います。つらいし、眩しいし、ありえないほど遠い光。いつきが信じるにはあまりにも現実味がなかったかもしれない。だけど、いつきは目をそらさなかった。つらいと叫びながらも有賀の腕を引いて行った。そのまっすぐさで加々美は有賀の唯一のメサイアになったのです。

ニグマにいた有賀に光を与えたのはまぎれもなく間宮であるけれど、その光に殉ずるための有賀涼でいるためには加々美いつきがメサイアでなくてはならない。二人は「争いのない世界」を作るために光が差してくる悠久の時の向こうに共に駆けていった。なんだかジーンときてすごく誇らしかったです。

 

3.有賀涼というサクラ候補生

 有賀を語るのは無理です。なんじゃそら。加々美について語れているわけでもないしね。有賀はね、井澤くんへの思いれが強すぎるし、だめです。もちろん有賀=井澤君という気はさらさらないけど、やっぱり有賀の向こうに井澤君を見てしまう...。良くも悪くも贔屓目に見てしまうし、冷静な判断ができないので書きません!(クソ)

唯一言えることは昔の男が多すぎるし、最後一嶋ともやらしい感じになっていたので、加々美いつきという字を1000回写経しろ有賀涼!!!!!!!現実にもかっちという嫁がいるのもどうかと思う。

 

4.残酷をねだるシステム、メサイア

前々からすごーく懸念していたことがあって、まあそれも結局は杞憂だったんですけど、井澤くんと杉江くんって言葉を選ばずに言えば、仲がいいわけではなかった。メサイアまで共演もなかったし、ステージグランプリ読むと初対面の時、また井澤くんは深紅の現場で偉そうにしていたらしいし。*2井澤くんは井澤くんで杉江くんのことをチャラいと思っていたらしい。過去を振り返ると、松田凌と小野健斗の距離感おかしい誕生日一緒に過ごすマンたちとかもともと超気が合う赤澤燈と廣瀬大介のコンビとかがいた。正直この人たちは過去もこの先もメサイアなんだろうなって感じがある。でも、井澤くんと杉江くんはそうではなかった。もしほかの現場で知り合っていたら絶対仲良くなってなかったと思う。そんな二人をほんとうの唯一無二にしてしまったメサイアというシステムはあまりに恐ろしいと思う。だって、たぶんどこにいっても井澤くんのメサイアは杉江くんだって認識がつきまとうじゃん。二人がどこで何の仕事をしようとも二人がメサイアになって一緒に卒業したことは消えない事実じゃん...。怖いよメサイアシステム。

 あ、有賀涼~~~~!!!!

昨日(10/3)の井澤くんのインスタライブで「杉江くんとあれから会いましたか?」というコメントに対して「会ってなくても(ツイッター見てる限り)何してるか知ってるから~^^」と言ってました。分かる。この世界で相方が生きてるという事実だけでいいよね。でももちろん今後たまに会ったりして、写真とか撮ったりして、「僕のメサイアと!」みたいな写真をツイッターにあげる日が来るんだろうな..。別現場で「勇貴がいたのでいじめてきました」みたいな杉江くんの無意識マウントツイートがあがるんだろうな...。今のうちに大声を吸収してくれるクッションを買っておこう。

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これもやばい。

 

5.プロフェッショナル舞台としてのメサイア

千穐楽カテコに演出の西森さんが出てこられました。西森さん見るとなぜか安心する。メサイアの母のよう。間宮のお話しとかいろいろしてくださっていろいろ思うところはあるのですが、一番グッと来たお話について。

メサイアの一番良いところは関わる人間全てがメサイアを私物化しないところ」

これね、ほんとうに突き刺さりました。スタッフがそれぞれ”俺はここを責任をもってやり遂げるよ”“わたしはこれを精いっぱいやります”というふうにプロフェッショナルが個々で技術を持ち寄るというイメージです。今回の舞台で私はとっても音響さんや照明さんの力を感じました。殺陣の音、ハングドマンの死体にあたる青い光。挙げるときりがない。もちろん脚本の毛利さんもだし、殺陣師の六本さんも、キャラクター原案をされた原作の高殿円先生も素晴らしいお仕事をしてくれました。新オープニングもめっちゃくちゃにかっこいい。これらがここまで洗練されて素晴らしいものになったのは、関わるスタッフさんがプロとしてメサイアを作ったからです。誤解を恐れずに言うと、とてもビジネスライクな現場なのだと思います。だからこそ甘えがない。絶対に妥協がないのです。これまで舞台のオタクをしてきて、正直なめてんのかと思う舞台は少なくありません。あれって実際客に届けるという意識が足りないんだと思います。でもメサイアに限ってはこの先絶対にないと断言できます。これは観客との信頼関係も大きいと思う。どんなに苦しい舞台であっても観客が真っ向から受け止めてくれるという信頼があるから、ここまで素晴らしい舞台になるのです。なんだかほんとうにすごいものに出会ってしまった…。そういう環境で成長できた井澤くんが本当に誇らしい。応援して来れたことをこの千穐楽の日ほど感謝した日はありません。

 

おわりに

だらだらと書いていたらなんかすごい長くなってしまった。読みずらい!

今回の悠久乃刻で、改めて井澤くんを応援したいという気持ちを再確認しました。カテコでジェーくんが「メサイアに出れば売れると思っていたが違った。メサイアに出た俳優が、メサイアの中で苦悩して成長するから、自然と仕事の幅に繋がっていっただけだ。(要約)」と言ってくれました。私は超絶泣きました。井澤くんがこの先もっともっと多くのお客さんに見てもらえるような舞台に出たときに、メサイアのことを思い出すのだろうなと思うと感無量です。(ただ、ちょっといろいろ思うところはあるのでまた他のエントリーに書くかもしれない。)それから東京楽で「終わりは始まり」とエンドくんの言葉を引用してくれたとき、も~~~~井澤くんイズマイゴッド…って崩れ落ちた。ほんとにうれしかった。

改めて、有賀涼と加々美いつき、そして井澤勇貴くん杉江大志くん、卒業おめでとう!

西森さんと同じく、わたしはあなたたちを肯定します。

このブログを読んでくださってる方はもちろん悠久済みだろうとは思いますが、もし見てない人がいるならば、とりあえず20分だけ見てみなよ。無料だよ。

 

gyao.yahoo.co.jp

 

余談 

わたくしの今後の予定としましては、すぐにマスカレードミラージュに行って11月に刀ミュとかデパート!とか。つい最近発表された米原さんのソロライブにも行きます。井澤くんのお歌スレイジーライブぶりで楽しみすぎる~。12月はらぶふぇすもチケットをご用意されたので行きます。刀ステも行きたいけどなんか不穏。バーイベは予定次第ではわからぬ…。

 

 

*1:第三の闇

*2:かわいい。どこへ行っても偉そうとかナルシストとか言われてるからほんとに態度がでかいんだと思う。ジェーくん曰く「民度が低い」超分かる