トリガー・ハッピー

オタク、限界

ダサいから天国なんかに行きたくない!/BADDY-悪党は月からやってくる-の雑感および上田久美子先生のことが好きという話

 

 

 とりあえずめちゃくちゃ楽しかったので、一部の評判にうーむと思って躊躇している人は迷わず行ってください。一部は一回目までならギリ耐えられます。高野悠がとってもキュートです。二回目は責任持ちませんけど!でも二部見たら直前の記憶飛ぶから心配しなくていいんだよ。
 それでは雑感。興奮のままに書いていてまとまりがないので、もしかすると加筆するかも。
私みたいに、保守的な思想や様式に対してある種のフラストレーションを抱いている(そして捻くれている)層にダイレクトに響く作品なんだと思う。だからこのブログでは「そう!こういうのが見たかった!」って言いたいんだけど、「いや待って、私はロブスターとカキが齧られたりタバコを咥えたジェンヌが階段を降りてくるのが見たかったのか...?」という気持ちにもなる。
 そのため今作を総括するには「くだらない既成概念や偏見や思い込みをぶち壊して欲しいという我々の深層心理に共感し、なおかつそれを類稀なる発想力で芸術までに昇華、表現しきった上田久美子先生サイコー!!」というのが正しい。

 

 沢山の技巧が凝らされていて、一回見ただけじゃ理解できる箇所がとても少なかったと思う。まあそれは私のメモリの少なさのせいでもあるんだけど...。私のポンコツ脳みそでも理解できた、分かりやすいところをあげるとすれば、「あらゆるものを禁じた先の平和」をバッディがぶち壊すというストーリーの構成について。ここでは目に見えない上田久美子の労力がある。みんなが笑顔で平和に暮らすピースフルプラネット。しかし観客はその国を目の当たりにして、ふと違和感を覚えるはず。その平和は、喫煙をはじめとした様々なものが禁止されまくった先にある所謂「かりそめの平和」だから。人々の意思というよりは、政府の方針だから地球の人々は従っている。この理論でいくと政府が戦争を始めますよ、と言えば命令されて従うことに慣れた人々は唯々諾々と戦争を始めることになる。これはめちゃくちゃ痛烈な風刺で、そのように描き切ってしまうのは容易いことだ。しかしそうしてしまうのはあまりに野暮だと思う。このくらいふわっとした比喩に収めている上田久美子先生、粋だね...。好き...。だから観客はバッディの登場に少なからず安堵するのである。
 メサイア悠久の記事にも書きましたが、一般的に「善」とされているものを「善いだけではないもの」として転換するには非常に労力がかかると思います。それをものの数分で実現させてしまう上田先生には脱帽どころではない。どう生活すればそんなクレバーな物作りができるの??月々3万払うから教えてほしい。
 私は宝塚について知り始めたピヨピヨの生まれたてなので偉そうなことは一切言えないのだけれど、このショーは所謂「伝統的な」ショーではないみたいだ。けれど、それを責めた人に対して「だって私、ちゃんとやってるし!」と言い返せる構成なのだと思う。この捻くれた感じがさあ〜〜たまらないよね...。好き...。(2回目)そんなこというやつの口を圧倒的な熱量で黙らせてやるぞという意気込みを感じる。好き!!
ちゃぴちゃんのオラついたラインダンスはマジでマジで興奮した。「わたしは怒っている!そしてそれは生きるということ!」と怒った表情ながらも生き生きと、そして力強く踊っていたのが一番印象に残っている。
 上田先生の作品は申し訳ないことに「金色の砂漠」しか拝見していないのだけれど、彼女には「個人が個人として思考し葛藤し、より良い生き方を模索すること」こそを「生」として描きたいという確固たる意思があるのを感じた。好き...です...。そこに男であることや女であることは関係ねえ!!っていうのをバッディとスイートハートの関係からビシバシ感じ取ったよ先生♡そういう先生にとって今の世の中ってめちゃくちゃつまらないんだろうな〜って感じた。わかるわかる。私も日々、用意された人工的な幸せなんてクッソくだらねえなって思いながらお客様にへこへこしてるからさ。でもそれをシレッとひっくり返しちゃう上田先生、尖りすぎだよ。サイコー。

 先生の作品は割と投げやりなのかもしれないなあと思う。少なくとも親切ではない。だって宇宙人の話から先生の作意を読み取るのってかなり難しいでしょ。せめてあと50回は見せてよね!!!

 でももしかしたらこの作品は「私はこう思うけど、みんなはどうなの?」という上田先生の観客への挑戦なのかもしれない。

みんな、くだらねえ現実捨ててBADDY、見ような!!!